ミチコさんの人“性”塾
2012年9月11日
恋の因子は「性欲」

ところで、男と女はなぜ、これほどに互いを求めあうのでしょう。
それは、元々は、他の動物と同じように、次代の子を産み育てるという、種の保存に必要だからで、どんなに美しい言葉やイメージで飾ろうと、異性間にはたらく「恋の因子」は、他の動物と同じ「性欲」なのです。
その点では、まさに独の社会学者、アウグスト・ベーベルのいうように、「性欲は、道徳的でもなければ不道徳でもない。飢渇とひとしくまさに自然的であるにすぎない。自然は、道徳に関しては何事も知らない」(『婦人論』)のです。
とはいえ、人間の場合は、その根っこは同じでも現れ方において他の動物とは違っています。
その第一は、人間だけが性周期をもたず、一年中、いつでも求愛・性交ができ、したがって出産も可能だという点です。他の動物はすべて、年1回から数回の繁殖期を持ち、それ以外の時期は、オス・メスとしてのかかわりを持ちません。
第二の特徴は、生殖と性行為を任意に切り離すことが出できる点にあります。
これは、第二次世界大戦が終わったあと、医学・衛生管理が急速に発展し、それによって避妊技術や性病治療技術が飛躍的な進歩をとげたこと、また、乳幼児の死亡率が減少したことなどによっています。
こうした中で、種族保存・家系維持の目的による性関係のパーセンテージは、かつてに比べれば著しく縮小され、かわってコミュニケーションとしての性、感覚的快楽としての性が大きくうかびあがってきたわけです。
従来、性交と生殖の分離を認めないという厳しい立場をとっていたカトリックにおいても、1967年、ローマ法王パウロ六世によって、一定の範囲内であれば産児制限をみとめる声明が出されました。
ご承知のように、「性」という字のヘンは、心をあらわすリッシンベンです。つまり性とは,「生きる心」の意なのです。
人間の性には、このように生物学的必要以外のもの、すなわち、心理学的、精神的,情緒的な要素が多分にふくみこまれているわけです。
「男女相愛して肉欲に至るは自然なり。肉交なき恋は、事実にあらずして、空想なり」とは、国木田独歩の言葉です。
恋の因子は、もともと性欲に根ざしたものであってみれば、愛する心が愛する者との肉体的結合を求めることはきわめて自然なことで、そのことがまた愛の絆をいっそう深めてもいくわけで、人間の性的結合は、まさに、魂と魂の実存的交わりであるといえましょう。
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- プロフィール
- 高柳美知子(たかやなぎ・みちこ)
- 1931(昭和6)年、東京生まれ。中学・高校の国語教師などを経て、現在は“人間と性”教育研究所所長。
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コメント
また今年も巡ってくるあの女性との出会いの日。
60年も前に恋した女性。片思いだったけれど、あの人と1回だけ二人になることが出来た。
春がすみの奥多摩で、何もなかったがそれだけで心は満たされました。
その恋心が、犬や馬の性欲と同じと言われると悲しい。生物学的に見たら当然だが、あの人と性を交わすなど、心の隅にもなかった。もっと、清純な、澄み切った心が揺さぶられたのです。
でも、あの人も恋愛結婚した。彼女の恋も「性欲」がベースになっていたとは、まだ信じたくないのです。ダイアモンドが炭と同じものとは。
今回も、二人だけでせめて言葉を交わしたい。にっこり微笑みながら目と目を合わせたいのです。
>「認めたくないものだな。己の若さゆえの過ちというものを。」っていう状況になりたくないものですから、避けてきましたので。
産まれる命を絶対に育ててやるという感情が出来る前にセックスをする。
それをしないで究極の避妊方法のセックスレスを選ぶ。
あなたを産み育てた両親は偉いと思います。
地位、名誉、財産よりあなたを選んだ。
りっぱな御両親です。
旅行などに行ったら、お土産忘れないで持っていくといいですよ。行って来たという報告。
自分で出来る人生を産み育ててから自由にあなたに使わせているのですから。
性欲というエネルギーはどこから来るのか?
いわゆる生殖欲求もあれば、他の欲求からの転化もあると思います。
相手への独占欲や性欲以外のやり場のない怒りや葛藤(あるいはそれを解消したい気持ち)
あるセックスに意味付けするのは本人であったり他者でありますが、潜在的な部分もあり一言で言い表すのは難しいと思います。
まあ、とか何とか言いながら、当方性的にはあまり強くない人間ですので、考え過ぎなのかもしれません。
「認めたくないものだな。己の若さゆえの過ちというものを。」っていう状況になりたくないものですから、避けてきましたので。
サッカーにたとえれば、試合一直線、セックスはしません。
それはその選手の勝手です。
自由に人生は選べます。
セックスレスの運動選手もまたいいかも。
一流選手は試合までは性欲をコントロールするでしょうけど、普段の生活となればやはり人間。
性欲のスイッチもはいるでしょう。
子供を育てるという事は子供に触れることです。
そうすると男性はより力強くなる時もあります。
あるときはルールにしばられ、ファンのために窮屈なこともあるでしょう、でも家に帰れば家族がいる。子供と遊べるなど。選手にとってはかけがえのない時間も必要でしょう。
その選手のパートナーやワイフとの生活も大事です。性欲というものが上手に生活をコントロールしてくれる役割もあるのではと思います。
セックスが生殖のためだけに存在しないのは生活に、はりをあたえる役目等あると思います。
自然な生き物である人間が、不自然(人工物)の現代社会で生まれ、不自然(社会通念)の教育を受け・・・
代替わりするごとにどんどん歪んでいくのかもしれません。
かと言って、自然丸出し(my教育)で社会や生活が成り立つわけもないですが・・・
自然に嘘がつけて生きていられるタイプの人間が羨ましいですね。
性に関してもそうですし、それ以外に関しても。
男女の仲の三要素ですね。
コミュニケーションをリアルな場面でとる究極の原理とでもいうのでしょうか。
あまり意識しすぎると本心じゃない事を相手へ言ってしまう。幼き恋心なんでしょうね。
夫婦のコミュニケーションには必須とも言われ始めてますけど、男性は苦手かもです。
愛してるとか、ダイスキだよって言うのが。
ささいな一言がいえないストレスも女性がわかってくれるといいのですけど。
いずれは、そういう人が多くなるでしょう。
それに期待しないと損ですよね。
未来は暗いと思うだけでも、ストレス溜まりそうです。