「不老不死こそ善」の幻想
「先生、心肺停止の患者さんのお願いです」
89歳の女性、これまで大きな病気もなく、今朝、起床時に呼吸苦を訴えた後で意識をなくしたとのこと。
「救急隊が心肺停止状態であることを確認し、現在、救命士による強心剤の投与を含む蘇生術を実施中です」
「何だって、その年齢で、その状態で、救命救急センターに運ぼうっていうのかい」
「はあ、活動基準によれば、重症度、緊急度ともに、救命救急センターの適応となりますので……」
救急隊の搬送先医療機関選定のより所になる活動基準には、傷病者の観察すべき項目が列挙されているが、しかし、そこには「年齢」がない。心肺停止状態であれば、すべからく蘇生術を施しながら救命救急センターに搬送を、という訳である。
どうやら、日本人は、病院でとことん手を尽くされた後でしか、あの世には旅立てないようだ。いったい、いつからこんな事態に陥ってしまったのか。
本来、生産年齢にある傷病者を、重篤な急病や不測のけがから社会復帰させるのが救命救急センターの使命なのだが、最近では、高齢者と呼ばれる層が、その限りあるベッドを占拠し始めているのだ。
救急隊の活動基準が不備であることは確かだが、その根底には、おそらく、現代医療が振りまき、そして
超高齢化社会に突入するにあたって、健全な疾病観あるいは死生観が育っていかなければ、救急医療が、ひいては医療そのものが立ち行かなくなってしまうに違いない。(救急医・浜辺祐一)
(おわり)
(2012年9月6日 読売新聞)
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