石井苗子の健康術
2012年7月27日
優しい人と優しそうな人の違い

(言葉使いがキツイ人が優しくないとは限りません)
以前、ある若い男性ロックアーティストが「いかばかりかのお金があったら談志師匠のパフォーマンスを聴きに行くといいと思う。優しそうな人ってたくさんいますが、あの方は本当に優しい」とコメントしていたのを覚えています。
口が悪そうに見えて温かい人を見分けるのは、簡単ではないでしょう。世の名には、口が悪くて心も冷たい人もたくさんいますし、優しそうに見えて冷徹な人もいます。
故・立川談志師匠の言葉に、「努力は才能のないヤツのためにあるんだ」というものがありました。
一刀両断で努力を否定しているようでいて、目標に向かって努力している人を抱きすくめるような雰囲気を出していた。突き放されたような励まされたような、叱られたようで、癒やされたような、そんな幸福感に浸ったファンにはどんな共通点があったのか。
あんまり難しいことではないように思います。自分もこんな人になりたい。それだけのことではなのではないかと。
キツイ言葉の裏で、人の苦労や努力が本当に理解できていて、自分も何かに向かってまっしぐらに生きていて、それでいて天才。そんな人になりたいというあこがれを持っていることが共通点だったと思います。
あこがれに似た人を日常生活の中で見つけることも、癒やしの原点です。
毎日その人にベッタリしているわけではありません。そっと寄り添うようにして生きていたい。自分が生きている時間の中にいてくれさえすればいい。それが原点というものでしょう。
現代は、饒舌で甘い雰囲気の人に人気が集まる傾向にあります。いえ、これまでだってスパッと言葉じりがキツイ人間は嫌われがちでした。
特に、やられた~っと思わせるような女性には人気が集まらなかった時代が長かった。でも今は、女性は同性から好かれていると認められたい時代でもあります。
心理学の分野でロールモデルを見つけるという治療法がありますが、まさしくこれです。あこがれの人の外見から似させるというやり方もありますが、内面から感化されていくのもひとつの方法です。
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コメント
みんな甘い言葉が好きです。
女の子は甘いものと甘い言葉が好きですね。
一方で、厳しい(シビア)=好んで苦行を主張する人も多く、的外れな意見も多々見受けられます。
どうせ的外れなら、甘い言葉の方がましと思われても仕方ないとは思います。
ま、僕も嫌われる方ですが・・・
なにか愛する事と好きな事は違う、というような話。
親として、息子のふがいない生き様は好きになれない、でも愛しているからこそ苦い言葉も出てくる。
心から息子の将来を心配してなければ、嫌われるような事は言わない。
愛の無いきつい言葉や苦い言葉は、ただ騒がしいだけだから。
そんな事は聞いている方も分かる。
よく、「○○さん ××でかわいそう!」
とやさしさを演じたような方がいらっしゃいます。
家庭環境? 仕事環境? 病気で?
私もよく云われてきました。
云われた方は、私ってかわいそうなの?
確かに、病気や辛い体験を経験してから、目標やあこがれの方ができました
そんな体験からか、真のやさしさのある方
やさしさを演じていられるような方を自分なりですが、感じとられるようになったと思ってます。