石井苗子の健康術
2012年6月26日
人さまの味の好みほど難しいものはありません

(食べたら具合が悪くなりましたから、すごくおいしかったまで)
「蓼(たで)食う虫も好き好き」とは人の好みは様々……という意味ですが、味の好みというのはこれほど個人差があるものかと、あらためて感じております。
このブログに何度も書きました「置きオカズ箱」で、50人のアンケートが今返ってきていてメッセージを読んでいるのですが、「おいしかったのでぜひ置いて欲しい」から、「食べたら胃薬を飲んだ」まで。同じものを食べていただいたのに、作る過程で味付けが一律でなかったのかもしれないと疑ってしまうほど、感想が違うのです。工場ですからそんなはずないのですが。
全体的に塩分が少なく薄味ですし、熱湯か電子レンジで温めるだけなのですが、温め方が足りなければマズイかもしれませんし、温めすぎたらそれもマズイかもしれません。つくづく食事の管理で健康づくりをすることの難しさを感じています。
コレステロールや高血圧などの生活習慣病を食事でコントロールしましょうと、学者たちが言うことはたやすいでしょうが、この食事でコントロールしてくださいという「食べ物」を提供することの難しさです。
おいしかったと言ってくれた人を集めて、オカズ箱の普及を図ろうとしているのですが、メッセージの中で「気にいったものだけ注文したいです」というコメントが結構多いのです。いかに現代人が好きなものばかり食べているかがよく分かりました。
「食事が偏っていたことが解りました」というコメントも多くありました。50種類のオカズに「最近食べてないな」と感じるメニュ―があったということでしょう。
普段食べているものの記録を付けてみてくださいともお願いしましたら、そちらの方に一生懸命になられた方もいらっしゃいましたし、一切興味がない方も多くいらっしゃいました。
食事管理には何かのキッカケが必要なのでしょう。それも短期間で楽しく自分の食生活の改善をどうしたらいいか、気付くこと。
大手のコンビニが安くて手軽で身体によいという食べ物をたくさん置いていますが、そこに買いに来る人だけを待っているのでは日本全体の健康管理にはならないのですが、どうしたらいいか思案中です。
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コメント
『一班を以って全豹をトす』
ものごとの一部を見て、全体を推し量ること。の意ですが、この諺は適してはいません。。
..ですが、贅沢病(私に言わせればです)に慣れ親しんだ人々は、「関(知)わること」と「論(評)ずべきこと」は同義語であっても、相反することもある、という事を知って頂きたいのです。(これはあくまで自分流の解釈です)
適してはいない、ということは、「ああでもない、こうでもない、うまい、まずい、”まッこんなもんだな”。」!!(私はそう思ってます)と言っている一部の皆さんです。
全体像を見て把握しなければならないのに一部分で、さもそうで(ある)あらねば納得しない。つまるところ「錯覚」している。
私は個人的にですが、分け隔てなく自己を犠牲にして我を振り向かず懸命に献身されている方々に対して不遜である思います。アンケートを読まれて、こゝろが揺れたのではないか。
一般の統計、累計であれば機械的に処理する。データとはそういうものではあるのですが。
今回のアンケートは極少数の人たち、それも義務的なもの(例えて言えば国勢調査)ではないです。
素直であるのと正直では違います。わずかでも気持を受けとめたのであれば、感謝の念を抱かれるのが人としての道です。
それゆえ、「正直」であるのと「不誠実」では受け取る側は悲しまれる。もっと穿った見方をすれば素直は正直とはいえず、真心がこもっていればたとえ愚屯であっても実直であれば誠実さが顕われるのでは。廉直であろうとすれば、ややもすると表面上の愚直さを前面にだして背面では魑魅魍魎の世界の輩もいる。あくまでも穿った見方ですので誤解のなきように。
私は旨くまとめよう、伝達しようとはおもわない。この慣用句とて、ふと頭に浮かんだだけでロクスッポ調べたわけではない。わずかでも氣持がつたわれば..とおもっているだけです。