ミチコさんの人“性”塾
2012年6月25日
「生まれなかった子への手紙」を読んで …中絶と女性(1)

「産む」主体である女は、自分の胎内にうずくまる「I was born」 としてのわが子に、一体、なにを語り、なにを思うのでしょうか。
イタリアの著名なジャーナリストであるオリアーナ・フアラーチの「生まれなかった子への手紙」をご紹介しましょう。「生まれなかった子」というのは、「流産してしまった子」を意味しています。
わたしがこの本を読んだのは、丁度、身ごもっていたときで、格別の共感がありました。
もしおまえが生まれてくることを望まないとしたら? そして、もしある日、おまえがこう叫びながらわたしを非難したとしたら? 「だれがぼくをこの世の中へだしてくれと頼んだのさ、なぜぼくを生んだの、なぜ?・・・」人生とは骨を折ることなのよ、おまえ、人生は毎日繰り返す一種の戦争なの。そしてその喜びの瞬間は長くは続かないし、それには恐ろしい代償を支払わらされるのよ。でも、おまえを投げ捨ててしまうのは誤りであることを、わたしはどうやって知ればいいのかしら? おまえが静寂の中へ戻されるのは望んでいないことを、どうやって感じ取ればいいのかしら? わたしは喜んでおまえを生むわけではない。わたしはふくれたおなかで道を歩く自分が想像できない。おまえに乳をふくませ、おまえの体を洗い、話すことを教える自分が想像できない。わたしは働いている女で、ほかにも多くの仕事と好奇心を持っている。わたしにはおまえが必要ない・・・けれどもわたしは、おまえが好む好まないにかわらず、同じようにおまえを前方へ導いてゆこう。わたしにも、そしてわたしの両親、祖父母、曾祖父母にも押しつけられたあの絶対権力を、同じようにおまえにも押しつけよう。それは人間から生まれた最初の人間にまでさかのぼって、好む好まないにもかかわらず、押し付けられたものなんだわ。もし、その男か女の胎児に選択することが認められるとしたら、多分、その胎児は不安でいっぱいになって、生まれたくない、いやだ、と答えたことでしょう。でも誰もその胎児に意見を求めなかった。こうして人間は生まれ、生き、胎児に選択を許すこともせずに生み、そして死んでゆく。新たに生まれた人間も、わたしたちの時代まで何百万年も同じことをしてきた・・・そうでなければわたしたちは存在しない。勇気をだすのよ、おまえ。(つづく)
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- プロフィール
- 高柳美知子(たかやなぎ・みちこ)
- 1931(昭和6)年、東京生まれ。中学・高校の国語教師などを経て、現在は“人間と性”教育研究所所長。
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