[本人の思い]山本きみ子さん(3)看護の仕事 社会と接点
認知症になったことで、きみ子さんは保育所の仕事を辞めた。
郵便局を定年退職後、再雇用されて勤務を続けていた雅英さんは、仕事の合間に妻の様子を見に行けるよう、自宅近くに職場を移し、週3回のパート勤務に替えてもらった。
だが、きみ子さんは、家でのんびり過ごす時間が増えた反面、社会とのつながりがなくなったことで、次第に「1人でいるのが不安で寂しい」と夫に訴えるように。「何かボランティアでもいいから、働けるところがないかな・・・・・・」と考えるようになった。
そんな時、同じ地元の家族会の会員で、高齢者の通所施設を運営する舘田よし子さんから声がかかった。10年6月から働き始め、11月に認知症の人のための通所施設「デイサービス木の実」が開設したのに合わせ、そちらに移った。現在、毎週水・金曜の2回、看護師としてパートで働いている。血圧や体温を測定して利用者の健康管理を行うほか、食事やトイレの介助、話し相手などもする。
「病気を理解してもらったうえで働けるのはありがたい。体が元気なので、家に閉じこもっているより人の役に立てるのがとてもうれしい。それに、生活に刺激が出て、医学的には分からないけど、病気の進行を遅らせているのではないかとも思うんです」
雅英さんも、将来のことを考えて仕事をしながらヘルパー2級の資格を取り、11年4月からは、介護職として週2回、きみ子さんと同じ「木の実」で働くようになった。
「2人で一緒に行っている方が、妻の顔も見られるし、様子も分かる。1人で家にいてもしょうがないからな」と話し、最近は、若年性認知症の人の「働く場」づくりの支援活動にも取り組んでいる。
そんな夫の様子に、きみ子さんは「何だか、主人の方が“第2の人生”の生き甲斐を見つけたみたいで意欲的なのよ。それは私のおかげですね!」と、いたずらっぽく笑う。
◇
ただ、最近は忘れることが増えてきた。
認知症になってから、日々の思いや出来事を日記に綴ってきたが、「今年になって、漢字が出て来なくなって、書くのをやめた」。
元気なうちは2人で旅行に行っておこうと、診断後は年2回、海外旅行にも出かけてきた。最初の年に行った国は「イタリアは思いのほか街にゴミが多くてショックだった」「ドイツでは、かわいくて温かい感じの建物が多くて驚いた」などと記憶が残っている。だが、昨年訪れたブラジルやスペインの街の記憶はない。
「ツアーでこんな人と一緒だったとかいうことは残っているんだけど、具体的な観光地のこと、例えばリオのカーニバルを見たという記憶は帰国した時点で残っていない。だから、そろそろ海外旅行は終わりかなと思った。だって、高いお金を払って覚えていないんじゃ、もったいないじゃない」
職場でも、体温計や血圧計がいつもの場所にしまわれていないと見つけられないといったこともあり、「少しずつ進行しているのかな」と実感する。
◇
それでも、悲観はしない。
先月初め、ロンドンで開催された「国際アルツハイマー病協会国際会議」に地元の家族会のメンバーらと一緒に参加した。「本人会議」に夫婦で出席し、「高齢者のデイサービスで週2回、看護師として利用者の健康チェックなどを担当して働いています」と、日々の活動や思いについて意見交換を行った。
きみ子さんの発表に対し、認知症本人で、今回のロンドン会議の実行委員も務める英国人男性(54)は「それは、とても素晴らしい。英国では、認知症があるといったら、そんなふうに働くことはまだ難しいよ」と意見を述べ、大きな関心を寄せていたという。
歓迎ディナーに続いて開かれたダンスパーティーでは、夫婦でダンスを披露した。実は、2人が出会い、結婚したきっかけもダンスだった。子育てが一段落した後、ダンス教室に通うなどして、現在も共通の趣味として楽しんでいる。
こうした国際交流活動に、きみ子さんは「会議に参加し、お話しした感覚は残っているんだけど、話していた内容などは抜けてしまった。ダンスも少し踊ったし、ロンドンの観光をした中身は覚えていないけど、みんなと一緒で楽しかったという感覚は残っています」と淡々としている。ただ、強い思いはしっかり心の中心にある。
「積極的に人とかかわり、社会とつながっていたい。病気を隠さない私たちの生き方が、認知症への理解を広げて偏見をなくし、多くの認知症の人と家族が暮らしやすい社会をつくっていくことに役立てばうれしい」
| 本人が語る認知症 |
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| オーストラリアのクリスティーン・ボーデンさんが、46歳で認知症と診断された体験や思いを記した著書を1998年に出版し、国際的に注目された。03年には日本語訳「私は誰になっていくの? アルツハイマー病者からみた世界」(クリエイツかもがわ)が出版され、市民グループの招きで来日講演も行われた。 日本では、2004年に京都で開かれた「国際アルツハイマー病協会国際会議」で、認知症の男性が初めて実名を公表して体験を語り、病気への理解などを訴えた。こうした動きをきっかけに、「本人の声を聞き、個性を大切にするケア」の重要性に対する認識が広まるようになった。 |
※山本きみ子さんのシリーズは今回が最終回です。
(2012年4月12日 読売新聞)
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