石井苗子の健康術
2012年4月20日
ビッグバンドと文楽を観る健康法

(橋本市長の発言で揺れる文楽、どうしたら元気を取り戻せますか)
私はよく東京で文楽を観るのですが、幕間時間にロビーでお弁当を食べる場所がないほど混んでいるのです。ところが、橋本大阪市長の発言が波紋を呼び、まるで文楽が消えてしまうかのようなムードなので、つい歴史を振り返ってみたくなってしまいました。
元禄時代の天才作家・近松門左衛門が竹本義太夫に豊竹若太夫という2大スターと組み、第一次全盛期を作り上げます。これほどの有名人がそろっていながら、「83年の歴史に終止符が打たれた」と書かれるほど一度衰退します。1767年のことで、大阪で人気がなくなったのが原因でした。
そこから約100年。淡路出身の上村文楽軒が大阪で再び「文楽座」を建てます。これが引き金になって、一方に「彦六座」が旗揚げし、のちにふたつが合併して2度目の絶頂期を迎えます。名称も人形浄瑠璃から「文楽」に変わり、明治時代には技芸の素晴らしさに人気が集まり、松竹が興業権を取得して黄金時代を築きあげます。昭和に入り、1955年(昭和30年)に文楽協会に興業権が譲渡され、大阪府・大阪市・関西財界が国立文楽劇場を開場するのが、ちょうどバブル経済の兆しが見え始めた1984年のことでした。
そこから今が28年目です。
東日本大震災に見舞われた日本は、経済不況が激しく、文楽への支援も大阪から削減され、歴史的に2度目の衰退が訪れつつあるということでしょうか。衰退なら衰退の様を、私はこの目で見守っていこうと思います。支える庶民なのですから。頑張ってくださればいい。あんまり嘆かないでほしいと思います。
実はおととい、知人から誘われてビックバンドの生演奏を聴きました。観客の熱心さに圧倒され、終わってからバンドのメンバーに景気のほどをちょっと聞いてみたのですが、ギリギリでやっているそうです。アーティストたちはそれぞれ独立で活動していて、「もともとアメリカから始まったものですからね、衰退していても自分で市場を開拓していくんですよ」と帰り支度をしながらおっしゃっていました。
もともと日本オリジナルの文楽と、アメリカから輸入したビックバンドでは、衰退に対する感情も異なるのかもしれません。でも、どちらにも熱狂的なファンがいます。文楽に次の絶頂期が来るならずっと先のことでしょうが、今いるスターが次世代のスターを捜し出し、創作の方向性も変え、庶民の人気を得て自分たちで開拓していくしかないのでしょう。追いかけて観に行く人がいれば、元気を取りもどせます。
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