神前の言葉 訂正きかない
「かけまくも かしこみ かしこみ申す……」。
「昔は、米がとれないと、地域から餓死者を出しかねなかった。先人が真剣に祈った気持ちを忘れないようにしたい」と、祭礼終了後、氏子に静かに語りかけた。
同町の熊野神社など32社で宮司を務める。祭りが重なると、必要な道具を車に積み込み、多い日は四つの神社を回る。「宮司になって9年ですが、自分が神主をしていることが、いまだに信じられません」
NHKで39年間、アナウンサーとして過ごした。入局して四半世紀を経た1995年1月に起きた阪神大震災では、発生3分後から大阪のスタジオで約7時間、被災状況を伝え続けた。
冷静な語り口が評価され、東京に異動。同年4月、看板番組「ニュース7」の土日担当キャスターに抜てきされた。神戸連続児童殺傷事件の容疑者逮捕など、多くの大事件、大事故の原稿を読んだ。「理不尽な人の死を伝えながら、社会がすさんでいくのを感じていた」という。
そんな生放送の重圧から解放してくれたのが、長南町での生活だった。都内に自宅があるが、田舎暮らしにあこがれ、20年ほど前に古民家を借りた。休日を過ごし、トマトやキュウリの栽培を楽しんだ。
転機は99年秋。70歳過ぎの古民家の大家が神主で、後継者を探していた。「神主がいなくなると、お祭りができなくなる。人助けですから」と、頼まれた。「『人助け』と言われたら断れない性格。ボランティアのつもりで引き受けた」。しかし、それまで神道などとは無縁。拝礼の作法さえ知らなかった。
神主になるために必要な資格を通信教育でも取得できることが分かり、2000年、養成機関の大阪国学院に入学。日本書紀や古事記などを読んで神道の教えを学び、実習でご神前での作法を身に着けた。資格も取得し、退職後に交代するつもりだったが、03年に大家が死亡、急きょ宮司に就任した。東京でニュースを読んでから、特急電車で神社へ。祝詞をあげてから、またスタジオに戻った。
「神様の前で祝詞を間違うわけにいかない。ニュースと違って訂正はできない。気持ちを込めて懸命に祈るので結構疲れるんです」。08年にNHKを61歳で辞めるまでの5年間の兼業を、「なんとか乗り切った」と振り返る。
現在は、全国各地の講演会にも招かれる。神主の勉強会では、神職や神道のことを一般の人に、どう話して伝えたらいいかを伝授する。
3月中旬、横浜市で開かれた講演会。ホワイトボードに、「
「命は先祖から代々、リレーのようにつながっている。その中の今の命。受け継いだ命を、自分で縮めてはいけない。次に伝える命なんです」
この教えを取り戻せば、アナウンサー時代に伝えた児童虐待や自殺などの理不尽な死は防げる。そう信じている。
「日本人の伝統的な考え方のすばらしさを、分かりやすい言葉で多くの人に伝えていきたい」(野口博文)
みやた・おさむ 千葉県長南町の熊野神社宮司。1947年、千葉県生まれ。70年に埼玉大学を卒業後、NHKに入局し、全国各地の放送局で勤務。ニュース番組を中心に担当した。著書に「危機報道」「こころを楽にする生き方」など。
(2012年4月16日 読売新聞)
これからの人生 最新記事 一覧はこちら
- カンボジア駆ける「金八先生」(2013年5月20日)

- 私設ホールで音楽家支援(2013年5月13日)
- 登山で確信 俳優の道(2013年5月6日)
- 海中はアイデアの宝庫(2013年4月29日)
- 骨董のぬくもり 話術に深み(2013年4月15日)
- 癒やしの歌 人のため(2013年4月8日)
- アコーディオン 今が青春(2013年4月1日)
- DIY 手作りの充実感(2013年3月25日)
- 海外ぶらり 「人間」を知る(2013年3月11日)
- ジャズ歌い 救われた心(2013年3月4日)
