ミチコさんの人“性”塾

2012年4月9日

人間だれしも I was born 生まれちゃった

 人間だれしも、自分の誕生については預かり知りません。まさしく、I was bornの受身形で、この世に送りだされてきたわけです。

 「I was born」と言うと、すぐに思い浮かぶのが高校の国語教科書に載っていた吉野弘の次の詩です。



 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように、白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねしながらも僕は女の腹から目を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は<生まれる>ということが、まさしく<受身形>である訳を ふと了解した。僕は興奮して父に話しかけた。

 ―やっぱり I was bornなんだね―

 父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。

 ―I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間はうまれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね―

 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。

 僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後、思いがけない話をした。

 ―蜻蛉(かげろう)という虫はね。生まれてから二,三日で死ぬんだそうだが それなら一体何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね―

 僕は父を見た。父は続けた。

 ―友人にその話をしたら 或る日 これが蜻蛉の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが咽喉(のど)もとまで こみあげているように見えるのだ。つめたい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと彼も肯いて答えた。<せつなげだね。> そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは―

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく僕の脳裏に灼(や)きついたものがあった。

 ―ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体―



 いかがですか。咽喉もとまでぎっしり卵をつめこんだ雌の蜻蛉と少年を生みおとして間もなく亡くなった母親――。

 具象的にイメージをきわだたせながら、「生まれる」と「生む」を見事に対象化しています。それにしても、「英語を習いはじめて間もない少年」が、身重の女の腹のふくらみから、人間の誕生を受身形と認識する知性のたかさに驚かされます。

 私の場合は、性に対して拒否反応が強かったので、腹を突き出して歩く身ごもった女の姿は、己の醜さを恥らいもなくさらして平然としている恥の塊としか映りませんでした。身重の女とすれ違うたびに、ぞくぞくするほど嫌悪感が突き上げてきたものです。

◇     ◆     ◇

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コメント

世代をつなぐ
[あい]2012年10月22日

生まれる -I was born- 私の意思とは関係なく生まれたのですね。

私が心配しても、世の中は変わりつつあります。衰退の一途を辿る日本。

草食系男子を持ち出すまでもなく、結婚しない人が、身の回りにたくさんいらっしゃいます。

生まれたのですから、産むことも大事ではないでしょうか。

自然に任せていればいいんじゃないでしょうか・・には、世代をつなぐことが出来なくなる気がします。

子どもを産める環境整備を‥と訴える人もいますが、やはり自分の強い意思で乗り越えることが求められています。

知人で5人子どもを持っている方、ご主人が失業されたことがあります。お母さんも働いて、長女が下の子どもの面倒を見ていました。

昔は、上の子どもが下の子どもの面倒を見たのが当たり前の世の中でした。

どこで、私たちの国は道を間違えたんでしょうか?

生まれ「させられた」ことが不満ですか?
[あやたん]2012年4月14日

> 私の場合は、性に対して拒否反応が強かったので、腹を突き出して歩く身ごもった女の姿は、己の醜さを恥らいもなくさらして平然としている恥の塊としか映りませんでした。身重の女とすれ違うたびに、ぞくぞくするほど嫌悪感が突き上げてきたものです。

私も、多感な時期に、大きいお腹を見るのが恥ずかしく、またどうしてお腹を隠さずに人前にさらすような恥ずかしいことが平気でできるのか、と思っていました。
しかし、嫌悪感ではなく、羞恥心だったと記憶しています。

ぞくぞくするほどの嫌悪感、加えて、それほどの嫌悪感をもつほどの性に対する拒否反応とは、、、なんとも辛い時間をお過ごしになったのですね、、、。


吉野弘さんのこの詩は初めて読みました。
実体験でなければいいなぁ、と切なく読みました。
この父親は、蜻蛉と対比して亡くなった母親の話をしたのは、無意識に、「お前を産むために亡くなった」といいたい気持ちがあったでしょうか。
人は、蜻蛉とは違います。
例え、産んですぐ亡くなったとしても、その母の人生は、産むためだけに存在したのではありません。
その子を育てる父親の中に、また周囲の人々の中に、母親の子供を慈しむ思いは受け継がれ、そこにはいなくても、母親の愛の中で子供は育つと信じています。

私は4人の子供の母親ですが、子供を産んですぐに亡くなることになったとしても、こんなふうに子供に話して欲しくないと思いました。

笑顔で見れば皆美しい
[当たり前の世界]2012年4月10日

私が読んだ時、昆虫に対して研究しようかという事は思い浮かびますけど、果たしてその少年と父親の会話に対してどう心情を述べていいものか迷いますね。
ならいっその事、分娩を安全にするにはどうしたらいいかと具体性を考えるほうが楽と言えば楽です。

性交場面を見て、かっと頭に血が昇るタイプの人と両方の人の顔をみるタイプ、背景や調度品をみるタイプといろいろだと思います。
どうしても性器部分が気になるのなら、一度背景や調度品などに目を向けるのもいいでしょう。

妊娠されている方の歩き方や足下などに注目するのもいいでしょう。
性交場面って汚らしいですかね。
夢心地の境地ですから、だらしなく見えるのはしょうがないです。
見ているほうは交感神経を使ってみているから。
一方、性交している側は副交感神経の世界でしょうから。

無意識の世界を意識がある人が見れば、汚らわしいや嫌悪感が出て当たり前でしょう。
まったく自然の反応だからしょうがないです。
美術館などで裸婦や彫像を鑑賞したり遺跡でセックスの彫像など見るのもいいのでは。

日本には性器をかたどったご神体でお祭りをする地域もあります。そこの地域の人は果たして性器とか性交に対して忌避感や汚れをもっているかというと、結構笑顔でご神体に触れていますね。

どう幼少時からかかわるかで、その後の人生が少しかわるみたいですけど、自然にまかせていればいいんじゃないかとのんびりしてます。

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