社会学者・古市憲寿さんインタビュー全文(4)安定を疑え
東日本大震災、若者世代の幸福感を揺るがさなかったのか
――東日本大震災は、若者世代の幸福感を揺るがす大事件にはならなかったのでしょうか?
「もちろん地域によって全く違うと思うのですが、直接の被災地域にいなかった人にとっては、思ったより早く日常が戻ってきたという印象を持っています」
――安心して誰かに任せてのんびりしていられた状況から、原発問題で、政府や東電などに不信感が芽生えた人は多いです。それは若者の心持ちを変えるきっかけにはならなかったのでしょうか。
「若者に限らず、日本は、上の決めたことには従うという社会だと思います。例えば、東日本大震災で、人々がすごい規律正しくルールを守り、おとなしくしたということがニュースにもなりましたが、それは政治に興味のないことの裏返しだと思います。基本的に上が決めたことには従い、偉い人が勝手に何かしてくれると信じている。だからルールには従う」
「この前、ノルウェー人と話していたのですが、北欧って若年層も含めて積極的に政治に参加する人が多いところなんです。逆に彼らは、法律を守らないというか、法律が絶対正しいとは思っていない。裁判で異議申し立てをするのかもしれないし、運動を起こして変えるものかもしれないと思っている。そこが、日本人と違うところなのかもしれないと感じました。日本の多くの人は、ルールというものを変えられるとは思っていない。だから真面目に従うし、ルールを守って生きる」
お上がどうにかしてくれる意識、若者以外も揺らがず
――放射能パニックが、関東地方を広く襲いました。ある意味、命が脅かされるかもしれない、という強い不安感が覆っても、お上がどうにかしてくれるという意識は揺らがなかったでしょうか。
「若者だけじゃないと思いますが、多くの人が普通に働いていて、明日から仕事があれば、なかなかそこは揺らがない。そうしたことも含め、あまりにも昭和時代のうまく行き過ぎていた仕組みに、復讐されているというか、足をすくわれている感じがしますね。みんなが会社に勤めるのが当たり前で、一生勤め続けるのが当たり前だというモデルが立ちゆかなくなっているのに、それがうまくいきすぎちゃったから、なかなか脱出することができないというのが、今の若者に限らず、日本社会の状況だと感じます」
――ボランティアに、若者もたくさん行きましたけれども、東北で、現場の最もつらい状況を目にした人でも、どこか他人事のように見えると書かれていました。カンボジアでボランティアをするようなものだと。身近な人を大事にすることとは、違った行動だったのでしょうか。
「どこか後ろめたさみたいなものを感じた人が、ボランティアには多いと思うんですよね。日本というこれだけ豊かな国に生まれて、自分たちは幸せだけれども、カンボジアでは学校にいけない人もいる、というのと同じ感覚で、被災地に関しても助けにいかなきゃと思う人が多かった印象があります。ボランティアも結局、震災直後だけで、今はどんどん数も減っています。ある意味当たり前ではありますが。そういう点も含めて、何か被災者以外の若者の生活をがらりと変えるような、すごく大きな衝撃ではなかったのかなとは思います」
――若者の自殺者が増えているという警察庁の統計も最近発表されました。命を絶つ若者が増えているのは、なぜだと思われますか。
「調査を詳細に見ていないのであまりわからないのですが、『若者』ではなくて『生徒・学生』カテゴリーでの自殺者が1000人を超えたというニュースですよね。10代、20代の自殺率が急に増加したわけではないと思いますが、学生が1000人命を落とすということは大きいことですし、全体で自殺者3万人ということは相当な問題です。健康問題と仕事の問題とが原因の上位ですが、特に中年や若者に関しては、昭和の仕組みが続き、それが現実に対応できないことも大きな理由だと思います」
「一つの世界だけで生きなくちゃいけない、ほかに選択肢がないという状況ってつらいですよね。上野千鶴子さんも言われていますが、複数の仕事が当たり前になる社会が一つの理想だとは思います。一つにすべてを賭けなくていいし、一つがダメになっても、逃げ道がある。専業主婦も『特権階級』のように描かれることがありますが、夫の収入に依存して、色々言いたいことがあるのに言えず、別れたら収入もなくなってしまう状況ってものすごくつらいと思います。会社勤めの人も専業主婦も、ここを辞めたら次がないと思ってしまう。そういう状況を減らすために、一つじゃなく、複数の場所を持つことが大事だと思います」
逃げ道ない状況減らすため、複数の場所持つことが大事
――専業主婦と会社に人生を捧げた猛烈サラリーマンを最低の組み合わせと表していらっしゃる。ただ、若い世代で専業主婦志向は高まっています。時代と逆行していると感じられますか?
「やはり職場がつらいからじゃないでしょうか。職場がつらいから、専業主婦が輝いたものに見え始めている。その気持ちはわかるんだけど、将来を見据えた考え方ではないですよね。つまり、単純に2人が働いていたら、片方の仕事がだめになっても何とかなるけど、2人が1人の仕事で生きていくのは、これだけ雇用のリスクが高まっている時代で、全く合理的ではない」
「また専業主婦のほかに、一つの会社に勤め続けたいという20代も増えてきていて、安定志向はこの10年でとても強まっている。これだけ不安な社会だから、拠り所になるものを持ちたいという気持ちはとてもよくわかるんです。ただ、逆にリスクの時に困るのが安定でもある。それこそ3・11の時に明らかになったことですが、被災地なり、東京なりから逃げ出せなかった人って中流階級の人だったと思います。明日から仕事があり、持ち家もある。今まで一番安定的だと思われていたものが、実はリスクには弱かったんです。これから地震が起きないにしても、3・11的なリスクは突発的に起こるかもしれない。昭和時代に安定的だと思っていたものが、安定ではなくなってきていることを考えると、何が安定かということをもう一度問い直した方がいいんじゃないかと思います」
「あとは、やはり、昭和時代を懐かしんでもしょうがないと思うんですね。ある意味、考えないで仕事をしてきた時代というのは、もう来ない。ただ単純に言われたことをやり、会社に行っていれば、食べられたというのはもうあり得ない。それはもしかしたら、きついかもしれないけれども、ある意味自由を手に入れたんだから、そこの自由で何ができるか考えた方が僕はいいと思いますね」(続く)
(2012年3月25日 読売新聞)
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