秋川リサさん

1人で抱え込まない

確執がよみがえることも

「母は施設に入ってから、よく笑うようになり要介護度も改善されました。この選択をして良かったと思います」(東京都内で)=藤原健撮影

 女優でビーズアート作家の秋川リサさん(59)は、認知症の母、千代子さん(85)の介護を始めて3年になります。心労が重なり親子共倒れになるのではないかと思い詰めた時期もありましたが、家族や周囲の支えで乗り越えた、といいます。

進む認知症

 母は夏の間、避暑地の河口湖(山梨県)の別宅で過ごす習慣がありました。異変を感じたのは3年前の夏にかかってきた1本の電話。別宅の近所の方からで、「お母さまが今日、おばあさまを捜しにきたんだけど、ご存命なの?」と言うのです。祖母は30年以上前に亡くなっています。

 心配になって母に会いに行くと、「そんなことするわけないじゃない」。受け答えもしっかりしていて、きっと勘違いだろうと思いました。

 私と娘の住む東京の家にはその年の秋に戻ってくる予定でした。しかし、母は、私が訪ねた1週間後に何の前触れもなく突然戻ってきました。そうかと思えば、「帰る」と日に何度も河口湖へのバスの切符を買いに行ったり、しきりと「通帳がない」と言い出したり。私は混乱しつつも、これは認知症だと認めざるを得ませんでした。

 当時、秋川さんは、介護保険の利用についてあまり知識がなく、最初にしたのは老人ホームを探すことだった。

 色々と調べたのですが、入居するのに2000万円も必要な施設もあったりして、とても無理だと暗たんたる気持ちになりました。その間にも母の症状はどんどん悪くなっていきます。近所の商店街で無銭飲食をしてしまったり、家の中で新聞紙を燃やしたり、驚くことばかりします。

 その頃はビーズの仕事が増えており、舞台などで長期間家を空ける機会が減っていたのは幸いでした。しかし、夜中に突然いなくなってしまうことも多く、少しも目が離せなくて体力的にまいりました。地元商店街の店を一軒ずつ回って、「母は認知症なので、お金を持っていなかったら私が後から払いに行きます」と頼みました。

 たまたま、我が家の向かいの電器店の方がケアマネジャーの資格を持っていることが分かり、相談しました。その後、要介護1と判定され、デイサービスやショートステイなどが利用できるようになりました。

 介護保険サービスを利用できるようになってからも、千代子さんの認知症の症状は進む一方。半年で要介護3になった。

 ショートステイに行くための荷造りを母の部屋でしていた時、ノートを見つけました。何だろうと思いページを開くと、「娘の人生のために私は犠牲になった」「孫が生まれてもうれしくない」。それは、母が60歳の頃に書いた日記だったのです。最初は信じられませんでした。言葉の一つ一つが胸に突き刺さり、読んでしまったことを後悔しました。

 私の父はアメリカの軍人で、母とは早くに別れました。父のいない家庭で私は10代から芸能界で仕事を始め、母の暮らしを支えてきたという自負がありました。それを全否定されたみたいで、平静でいられない自分がいました。

 こんな気持ちで介護を続けられるのか。だからと言って逃げ出すことはできない。相反する思いの中で続ける母の世話はつらいものでした。

施設へ入居

 疲れ果てて公園のベンチに座ってボーッとしていると、警察官の方に「大丈夫ですか」と声をかけられました。悩みを隠さずに話すと、「大変でしたね」と言ってもらい、幾分気持ちが楽になりました。周囲の友人たちも「もう十分頑張ったんだから」と慰めてくれたのは救いでした。

 役所の担当職員は、親戚を訪ねて、「現状では介護の負担が重すぎる。施設入居を検討すべきだ」と勧めてくれました。「このままでは共倒れになってしまう」と、母に施設に入居してもらうことにしました。

 千代子さんは埼玉県にある介護サービス付きの高齢者住宅に入居した。認知症と分かってから1年半後のことだった。今、秋川さんは施設の母を訪ねる生活を送る。

 介護生活がつらくなった時、「お母さんがいるから、あなたがいる。感謝の気持ちが大切よ」などと励ましてくださる方もいます。もちろん、その通りです。しかし、介護を続けていると、心の底に眠っていた確執や葛藤が、意に反して表面化してしまうことがある。それを理解してもらうのは難しいことです。

 今回この経験で知ったのは、1人で抱え込むのは無理だということです。その点、冗談っぽく笑い飛ばしながら介護を手伝ってくれる娘や、徘徊(はいかい)した母を一緒に捜してくれる近所の人たちがいました。だから、ここまでこぎ着けることができたのだと思います。

 私は、自分の20年後を考えるようになりました。「老い」とは何かを、母が身をもって教えてくれたおかげです。2人の子どもには、財産分与のことや、施設を自分で探しておくつもりであるといった話を少しずつしています。(聞き手・赤池泰斗)

 あきかわ・りさ 1952年、東京都生まれ。15歳でテイジン専属モデルとしてデビュー。女優として映画やテレビで活躍。近年はビーズアート作家として活動の幅を広げている。

 ◎取材を終えて 母親との関係について率直に語ってくれた秋川さん。母娘の間に横たわる負の感情を隠そうとしない姿勢に圧倒された。介護を続けている多くの人たちが、様々な思いを抱えながら今を生きているのだろうと改めて思う。必要なお金はこれからも足りるのか、自分はいつまで健康で働けるのか――秋川さんもそんな不安を口にした。「でも腹を据えてます」という言葉に、介護には愛憎を超えた「境地」があると感じた。

2012年2月12日 読売新聞)

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