石井苗子の健康術
2011年12月16日
立川談志さんの健康術

(「ばかやろう」の言葉に愛情を込める表現)
とにかくコアなファンが多いことで有名な立川談志さんでしたが、私も生前に何度かお会いしたことがあります。
一度はボランティア活動の現場でした。当日来場客があまりにも少ないことからコンサートが中止となってしまったのですが、そこにいらした談志師匠が、「ばかやろう、ボランティアなんだから、それでいんだよ」と一言。楽屋でスタッフをねぎらって一心に話をしてくださったのを覚えています。
次にお会いした時は雑誌のインタビューだったのですが、私が上記の会場にいたことを覚えていらして、「よ! あんた、忙しいフリしてないで政治家やれよ」と言われ、返す言葉もありませんでした。
石原慎太郎都知事ぐらいにならないと、この方と普通の会話が出来ないのかなとずっと思っていましたが、どうやら奥深いところで談志師匠は心の温かい人だったような気がします。
関西に行くと「バカとアホの違い」がはっきりしているのでしょうが、私は関東の人間なので「ばかやろう、このやろう」という言葉の微妙な愛情表現方法が大好きなのです。
立川談志さんの「ばかやろう、このやろう」はご本人独特の愛情表現で、この言葉を発声することでご自身の健康管理をしているような、これらの言葉が健康術にひと役買っているような、そんな感じがしました。
たとえば立川談志さんと石原さんの会話で「なんだってんだ、ばかやろう」「そっちこそだろ、このやろう」「うるせってんだ、このやろう」と言う感じで、途中から何の話なんだか解らなくなってしまうような調子でも、まるでゲームを楽しんでいるようであって、決して相手に怒っているわけではないのです。まさしく、会話による健康管理。すっきりとした人間関係だからこそできることなのです。
例をひとつあげると、怒っているような口調で「だから俺はさっきから、これこれしかじかだったっていってんだよ、このやろう」と言ったとする。で、その「これこれ」に納得するとさっきまで「言いたいことばかりいいやがってこのやろう」なんて言ってた相手が急に声のトーンを下げて真面目顔になり、「そりゃ、ちげえねぇな」なんて相槌をうったりする。
つまり、最初から相手のことを好きから始まっている会話だから、「ばかやろう、このやろう」はリズムをとる枕言葉のようなものなのです。
関西の桂三枝さんが立川談志さんの訃報についてマイクを向けられたとき、涙で言葉が出てこなかった姿がとても印象的でした。
会いたい人にもう会えないという寂しさだったのか、会話で元気を取り戻すことができる人を失った寂しさだったのか、何がおっしゃりたかったのかと思って見ておりました。お会いしたことが少なかった私もすごく寂しく思いました。
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