(下) “夢の病院”それは家
小児がん患者がきちんとした治療を受けながら、家族とともに自宅のような環境で過ごせる“夢の病院”設立を目指す小児科医、楠木重範さん(36)。活動を通じて、子どもを大切にする社会が実現するよう願う。
日常の姿大切に
〈患者にはそれぞれ、病院での生活ではない、日常の暮らしがある。それを痛感した経験がある〉
白血病の中学生の男の子で、化学療法をもうすぐ終えて退院も近づいていた時期に再発しました。それまでつらい治療に耐えてきたのに。私も悔しかった。最期はモルヒネで痛みがとれ、笑ってくれたのが救いでした。
〈看護師と参列した葬儀は雨の日だった〉
激しい雨音の中、学生服を着た同級生の男の子たちが声をあげて泣いていた。お焼香しましたが、彼を治せなかったのは自分だという思いで、とてもその場にいられませんでした。
彼には家族がいて、学生服を着て学校に通い、友達と笑い交わす。そんな生活があった。僕が見ていた彼はいつもパジャマやスエット姿の病人でした。でも、どの患者にも、その人それぞれの日常の姿がある。それを絶対に忘れてはいけないと思いました。
医療ルールに疑問
〈患者の日常が、病院のルールで縛られる現状に疑問を持つ〉
病院の規則は医療上必要だ、と言うけれど、本当でしょうか。風邪ぎみの医師は仕事しているのに患者の家族の場合は面会は禁止、付き添いがだめな病院でも亡くなる前だけ面会許可。感染症が心配だと言いながら、病院で入浴もできずに親は、毎夜付き添いしている。理屈が通りません。
小児がん患者は、入院期間中の大部分はとても元気です。なのに隣の患者と薄いカーテンで仕切られた狭い空間に閉じこめられ、遊び盛りの年頃を、ベッドでテレビやゲームをしてつぶすしかない。
そうしたルールは、医療者の都合や自己満足ではないかと感じます。「そうではない新しいものを作りたい」。そんな気持ちが日に日に強くなりました。
2年後、神戸で
〈「どんな病院がほしいか」。小児がん患者の親らと語り合い、NPOを設立、構想を固めた〉
NPO法人の会合で患者の親らと病院の設計について話し合う小児科医の楠木重範さん(右端)(大阪市北区で)=枡田直也撮影
基本理念は「夢の病院は『家』」ということ。チャイルド・ケモ・ハウスは、家族と一緒に過ごせる、当たり前の幸せがある空間にしたいと思っています。
クリニックに隣接する共同住宅で、子どもと家族が暮らせる個室やプレールームを作ります。看護師も常駐して子どもの様子に目を配ります。クリニックでは「ケモ」つまり抗がん剤治療(ケモセラピー)のみ行います。外科手術や放射線治療が必要になった子は、近隣の病院などで治療する予定です。
〈約3億5000万円の寄付で建築費のめどがつき、神戸市のポートアイランドに土地も確保した。2013年春に開業を予定する〉
チャイケモは、診療報酬のほかは今後も寄付で運営していく予定です。
そんな計画は無謀だ、という批判もあります。でもこの形を続けるのも一つの使命だと考えているんです。「子どもは社会で支える」。寄付による運営が、その理念の重要性を訴えることにつながると思うからです。
5年前にゼロから始めた取り組みが形になる日が近付いてきましたが、チャイケモが最終目標ではありません。多くの場合、病院の設計や規則は医療者側の都合で、大人中心に考えられています。だからこそ、子どもを中心に置いた新しい医療の形を模索するべきではないか。そんな僕たちの問いかけから、同じ志を持つ人が多く出てきてくれたらうれしいです。(聞き手 新井清美)
1974年、奈良市生まれ。99年に三重大医学部卒業後、2002年まで国立大阪病院(現国立病院機構大阪医療センター)で研修医として勤務。大阪大病院小児科、大阪府立母子保健総合医療センター第3内科勤務を経て、03~09年に大阪大病院小児科血液腫瘍グループに所属中、小児がん患者と家族のための専門施設設立を目指すNPO法人「チャイルド・ケモ・ハウス」を設立。09年から国立病院機構大阪医療センター小児科医。 |
(2011年9月26日 読売新聞)
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