緩和医療医・大津秀一さんインタビュー全文(6)残された時間で、どう生きたいか
――大津さんの著書「死ぬときに後悔すること25」に、精神分析学者フランクルの「どれだけ長く生きたかはどうでもいいことで、人生の質や意味には関係ない」という趣旨の言葉が書かれています。それを実感した体験はありますか。
大津 ええ、あります。10代、20代でも、すごく安らかな顔で、「先生、いい人生でした」と言って逝かれる方がいます。「僕は幸せです。後悔はありません」と言い残していった25歳の青年もいました。人間の底知れない強さを感じます。一方で、高齢になっても「人生、不幸ばかりだった」と言って亡くなる方もいます。
――「私の中のあなた」という洋画があります。白血病の娘を救おうと、彼女に骨髄提供するためにもう一人、娘を産んだ母親の話です。10代になった上の娘は、妹からの骨髄提供を拒否して、逍遥として死を受け入れます。10代でもこのような心境になれるのか、と印象に残りました。
大津 生まれながらに難病の総胆管拡張症があり、20代半ばで末期の胆管がんになった青年がいました。僕が会った時には、ホスピスで淡々と生活していた。「前の病院では治療の連続で苦しかったけれど、ここではみんな優しくしてくれて幸せです」と言うのです。最期の日まで安らかでした。誰よりも深く人生や死について考えたのでないでしょうか。
骨肉腫のため14歳で亡くなった猿渡瞳さんは、生前の弁論大会で「病気になって、生きることが大切なものだとわかりました」とスピーチしていました。彼女は「瞳スーパーデラックス」という闘病記を出しています。彼や彼女たちのように、生と死に本気で向き合えば、生きていることがどれだけ幸せなのかに気がつきます。
そうした心境にたどり着けるかどうかは、年齢に関係ない。できるだけ長生きして、たくさんの人に囲まれて死にたいと考えがちですが、周りの人に文句を言ってばかりで、家族はたくさんいるのに誰も死に際に来てくれなかった、という例もあります。
「ありがとう」と言い残して亡くなっていった若い子たちの10分の1でも力を発揮すれば、人生への感謝の度合いは増えるし、QOLも高まると思います。そして、そういう力は本来誰もが持っているものなのではないかと私は思います。
――そう考えると、延命効果が少しある程度の抗がん剤治療や、さまざまな延命治療は、むなしい感じがしますね。
大津 抗がん剤で根治する可能性がある白血病などを別にして、そうした治療を受けること自体では、人生の満足度は変わらないと思います。それは本質ではないでしょう。残された時間でどう生きたいかが大切で、ほとんどの方にとって本来、生きる目的はただ命を延ばすことではないはずです。抗がん剤を使って、その間にたくさん旅行に行こう、家族と一緒の時間をなるべく過ごそう、そういう方にとって抗がん剤は有益なものです。けれども、「治ること」だけが目的だと、それはほぼ裏切られますので、結局満たされることは難しい。抗がん剤の副作用で、かえって辛い目にあったのではないか、と後悔される方もおられます。
自分が治療を受ける意味は何か、こういうことを話しあい、「私はこれがしたいからまだ生きたい」とか、「今の自分にとって、治療はもうそれほど重要ではない」とか率直に話せるようになれば、救われる人も多くなるでしょう。
時が来て死んでいくこと自体に善悪はありません。医療者やご家族の一部が死を必要以上にタブー視していることが、患者さんの孤独を招いていると思います。皆が迎える死はタブーでも何でもありません。むしろ私たちはよき人生のために、タブー視しないで話し合うべき時代を迎えているのだと思います。それが世界で高齢化社会をリードし、2040年には年間170万人が亡くなる(現在は114万人)」死の大国」たる日本が率先して行い、範を示していくべきものでしょう。
15年前に、がんの告知はタブーでしたが、今は告知することが当たり前になっています。それと同じように、今は死がタブーでも、世の中は変わっていくと思います。(おわり)
(2011年3月1日 読売新聞)
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