笑顔まるまる アニマルセラピー
2011年2月17日
ペットとの別れで学ぶこと (1)

私は、現在、長野県岡谷市の動物病院で働いています。小動物の臨床獣医師になり15年目です。
犬や猫の体調不良、けがなど通常診療から、避妊・去勢手術、麻酔下での歯科処置など、診察室では緊張の連続です。ですが、動物たちに癒され、その病気が治ったときの飼い主さんの笑顔に、仕事の「意義」をいただいています。
獣医師という職業は、動物たちの平均寿命が長くて15歳ぐらいであることから、人間の医師と比較して、死に遭遇する機会も多いと言われています。苛酷ではありますが、それだけに、獣医師も「人間性」が常に試されると言えそうです。
治らない病気を宣告しなくてはならないことは、もちろん度々あります。年老いて、毛並みも衰え、しょんぼりし、ただ治療費ばかりかかる動物。それでもなお一緒にいたい。そんな時、多くの飼い主たちの態度や表情が、とてもやさしく、穏やかなものに変わって行くことを知りました。
診察室の中で、飼い主さんが変わる様子も私は見てきました。
引き綱なしで来院
こんなことがありました。8歳のラブラドールレトリバーを連れてきた、あるご夫婦の話です。
社会的地位も高い方でしたが、犬に引き綱をつけずに病院に来ることがありました。交通量の多い道路に面しているため、事故を心配して意見しても聞き入れていただけず、私たちは胸を痛めていました。
そのラブラドールは、前庭疾患という病気でした。体の平衡感覚を保つことが出来なくなり、ふらついて、倒れこんだりします。頭の横の筋肉が委縮する症状、そして進行性の垂直眼振などの神経症状もあったため、MRIの検査が必要でした。
検査は東京のMRI検診センターに行かなければなりません。ご夫婦からは、「片道3時間の道のりを、いつもそわそわして落ち着かない犬を連れてゆくのは無理。ほかに方法はないか」と聞かれました。
私たちは、まず一番近いMRI検査施設であることを説明。さらに、犬がそわそわするのは、「不安」が原因ではないかとお話ししました。
解決策として、まず自宅に犬用のハウスを購入して敷物を敷くことを提案しました。そこで犬をほめたり、おやつをあげたりしていると、やがて「敷物にいれば、いつもいいことがある」と覚えます。それを車に敷いて行けば、きっと落ち着いて車に乗れると話しました。
◇
この「敷物作戦」はすぐには実行に移してくれませんでしたが、2か月にわたる説明の結果、ご夫婦は東京のMRI検診センターへ行くことは決心しました。
ただ、ようやく向かった東京で伝えられたのは、とてもつらい診断結果でした。
脳腫瘍が見つかったのです。完治の可能性はまずない状況でした。
続きます。
佐々木由枝 獣医師。長野県岡谷市在住で、岡谷動物病院勤務。公益社団法人日本動物病院福祉協会CAPP委員。現在は、長野県内の諏訪中央病院のCAPP訪問活動でチームリーダーを務める。
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- 1978年に日本動物病院協会として創立。人と動物の共生社会の実現に向けて、動物病院と動物医療の充実のための教育事業、社会貢献活動などを行っている。ボランティアによるアニマルセラピー活動を全国の福祉施設、病院、学校などで展開。事務局は東京都新宿区
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コメント
12月に16歳で我が家の愛犬も旅立ちました。
正確には旅立たせたと言ったほうがいいと思います。腎臓を患いながらも食事療法などで回復をしかけていた矢先でした。
ある夜、強度のひきつけ発作を起こし、夜間救急へ連れていったものの、脳内に多分出血があるのではないかと思うと獣医さんに言われ、安楽死をその場でさせてしまいました。米国在住なので、ペットの安楽死にはとても肯定的な習慣があるせいかもしれませんが、それが本当に良かったのかどうかは今でもずっと悩んでおります。苦しまずに済んだことは良かったと思う反面、やはり自分の心の中で彼女のことを諦めたように感じることがあり、彼女を失った悲しみに突然襲われるような時もあります。
彼女が私を必要としていたことも勿論ありますが、むしろ私の方が犬である彼女に支えられていたといなくなってからその存在の大きさを知らされると同時に、16年間彼女に貰った彼女との貴重な時間を思い出として大切にしていかねばとも思いました。
わが家にはまだ他に2匹犬がいます。
彼女の死から学んだことをこの犬たちに今度は活かせたらを思います。
私も16歳で死んだ犬との別れを味わったものです。スイス人の主人の仕事の関係でカナダにおり、初めて彼が訪れた日本での旅行最中に奈良の二月堂の近くで犬を拾い、結局、その後も旅を続け東京、カナダ、2年後にはスイスにと連れてきた犬でした。多分、シェルティーコリーと日本犬やら入った雑種の犬だったと思います。
若いころは、たびたび持病のてんかんで驚くことも多かったですが、13歳頃から発作の回数も減り、その代わりにまず耳が遠くなり、目が段々と見えなくなり、匂いでやっと私のことも判断し・・・おトイレのほうが自分で気づいたころは、手遅れ・・・食欲も段々と無くなり、散歩にも行けずに良くて庭に・・庭があったことはお互いに幸いに感じたかもしれません。
最後はほとんどおむつをした寝たきり犬でした。こんなでも、世話をしてても生きてて欲しい気持ちがありましたが、お医者さんに行けばもう最後だと思いつつも連れて行ったときは、もう、診断するためのテーブルの上でも無反抗な状態。診断結果は、肺とかに癌があるのが写し出されたようでした。
注射をうってもらい、一週間後に自宅で息をひきとりました。その間も、”安楽死”をさせるべき?いつ?決心が着かず、私が留守中に死んでしまえば、”もっと早く楽にさせれば良かった・・・”と。色んな後悔がありました。
これは、この状況を体験した者しかわからない気持ちだと思います。死にそうになってる時に泣き、死んでからも泣き、次の子犬をもらってくるまでの一年間、犬を見れば想いだして泣くの毎日でした。私の死んだ犬は、てんかん持ちでもとくに病気で医者に通うことが無く、まあ~元気でしたが、飼ってる動物たちが老いて行く姿は辛いものです。でもその姿を見て、自分の手助けが本当に必要なのだともつくづぐと経験して感じました。