がんと私 本田麻由美記者ブログ
2010年11月6日
最終回 : 夏油温泉にて (6) ~ 「希望」 と 「覚悟」 ~

京都の出張から帰ってきた翌日の先月31日、乳がん患者・医療者が集うあるメーリングリスト(ML)のミニオフ会が、新宿であった。私も誘ってもらっていたが、久しぶりの仕事のない日曜日なので「家で寝てたいな……」と、“悪魔のささやき”も聞こえた。だが、ニューヨーク在住の友人(彼女も乳がん経験者)が一時帰国していて顔を出すというので、頑張って参加した。
そのMLに参加はしているが投稿したことはない。だが、友達の友達が友達となり――という具合で、ML上のハンドルネームしか知らないけれど「がん友」がたくさんいる。この日も10人ほどが集まり、うち半分が初対面の人だったが、ランチを食べながら病気の経過や今の生活、仕事のことを自己紹介しあっているうちに、すぐ打ち解けた。
外資系の会社でバリバリ働く人、子育てに忙しく家庭を支えている人、乳がん患者会活動に頑張っている人――と、顔ぶれもいろいろだ。病気のことなどまったく忘れた日々を送っている人もいれば、術後十数年して最近、転移が見つかった人や、転移が見つかり治療をしながら何年も元気に暮らしているという人もいた。
そんな彼女たちの経験や思いを聞いていると、「転移はつらいことだが、乳がんにはいろんな治療法があるので有り難い」「今や、乳がんは抱えながらも長く生きることができる病気になってきた」ということを実感した。北上の下瀬川さんを始め、がんを抱えながらも普通の生活を続けている彼女たちの姿が、私の大きな希望に感じられた。
と同時に、「私にだって何があったって、何も不思議なことではないんだよな……」と素直に受けて入れている自分に気付いた。
乳がんになった当初や数年たったころでも、「再発」とか「転移」とかは、そういう人はいても「自分にはあってはならないこと」と強く思い、受け入れるということがどういうことか全く分からなかった。ただただ、絶対イヤだ、そうならないために何でもしなきゃ――とか、脅迫観念のように思い、焦燥感でいっぱいだった。
もちろん、今だって分かってはいないが、こうした境遇に身をおいてきて、様々な人を見て話を聞き、とても身近な「がん友」が再発するなどの経験を重ねていくうちに、「自分に起きても全くおかしなことじゃない」「今度の検査で転移が分かったとしても、それで即、何かが変わり、何かが終わるわけではない」ということを、ほんの少しだけど、受け入れる“覚悟”みたいなものが育ってきているように感じたのだ。
夕方、ミニオフ会からの帰り道。「検査、何でもないといいね」と気遣ってくれる皆さんに、「ありがとう。でも、こうやって覚悟が生まれてくるっていうか、皆に育てられてきているように思うの」と告げると、隣にいたニューヨークから一時帰国していた友人が「うん、それって分かる……」とうなづいてくれた。そして、「またね~」という言葉に力を込めて、お互い笑顔で手を振って別れた。
◇
その数日後、この原稿を書いている今日(11月4日)、検査や診察の予約を一気に取りました。これから、また、2か月ほど逃げていた“現場”へ戻ります。
もちろん、海外取材の原稿書きに追われ、様々に取材したい事柄もたくさんあり、こっちの方も頑張らなければなりません。
ともに嵐が予想されなくもないのですが、それらに対処しなければならないこともあり、また1年たったこともあり、このブログは今回でひとまず終了したいと思います。
新聞連載を続けていた時も痛感したのですが、取材で話を聞かせてもらう際も読者の皆さんから意見をもらう際も、常に私自身が勇気づけられてきました。
北上の下瀬川さんも、
「今、温泉旅館で働きながら、訪れるいろいろな人と話をすることで、自分自身が勇気づけられていることに気付くんです。難病を抱えている人、うつで会社に行けなくなった若者――。いろんな人の話を聞いて、『私なんて、まだまだアマいかも』と感じたり、『会社に戻りました』という報告の手紙をもらうと本当に嬉しくなったり。
私自身、昭和館のご主人を始め多くの人々に支えられ、夏油の大自然に癒されました。そんな私が今、心や体が傷ついて温泉を訪れる人たちの支えとなれることもあるんだなぁ。支え、支えられ、こうして生きていくのが人間なんだなぁ、と実感しています」
と話してくれました。
私の方は、これまで皆さんに支えられてばっかりですが、やはり1人の人間としてこの時代に生まれてきたからには、何か役に立ったと思えることをしたいとも思います。そのために残された時間が長いのか短いのかは、神のみぞ知る――ですよね。これからもめげることはたくさんあると思いますが、病とともに生きることを支える社会のあり方など、海外事情も交えて新聞紙面で皆さんにお伝えしていきたいと思っています。
どうも、ありがとうございました。
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- 本田麻由美
- ほんだまゆみ
- 読売新聞
- 社会保障部記者
- 2002年5月に乳がん診断
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コメント
はじめまして
本田さんの講演が今年、出雲であり初めてお会いしました。
同じ病気で戦っている方に見えなくて・・・
お話を聞いていて 苦しい治療を乗り越えて頑張っておられる姿を拝見し頭が下がります。
丁度治療中だっだ私も頑張らねばと思い沢山勇気をいただきました。
そして・・・治療が終わり今後の転移、再発の心配をかかえながら本田さんのブログを読み、またまた同じ問題を取り上げて頂き本当に心からありがたいと思い・・・涙でした。
私たち患者の思い・心配・希望・を皆さんに伝えていただきありがとうございます。
私たち患者も微力ですが戦わなくはいけないと思います。
ブログが最終回で寂しい気持ちがしますが・・・
本田さんの身体が心配です。どうぞ身体を一番に考えられご活躍応援しています
どこかでまたお会いするご縁がありますように・・
ご苦労様でした。そして心から有り難うございました。
本田 麻由美様
このブログを通して様々な示唆を与えて頂きありがとうございました。
私は、あなたの心によぎった思いを、そのまんまに表現して下さるのが好きでした。
自分を誤魔化すことなく、背伸びをすることなく、
そして、こうあるべきというような押しつけでもなく、
がん患者のその心理を、私たちの代弁者のように語って下さいました。
そして、最終稿では、~「希望」と「覚悟」~を綴って頂きありがとうございました。
とても共感しています。そして私も常日頃同じような境地にあります。
>「覚悟しながら生きる」という状態に心と体が適応し始めているようにも感じます。
患者会はまさにこの「覚悟しながら生きる」そのものです。
仲間が亡くなる。仲間が次々と再発・転移をする。
あんなに恐れていたことが、身近で現実に起こる、
それは、日常的なこととなり、いつ、自分にそれが襲いかかっても不思議でない・・と思える。
慣れではなく覚悟。覚悟は、絶望ではなく希望。
本当にお忙しい中、お時間を作って発信して下さりありがとうございました。
いつか、どこかの空の下でまたお会いしましょう。
その日を楽しみにしています。
時々訪問していました。ひとくぎりしますか。
お疲れさまでした。
間もなく群馬でがん条例が成立します。これを駆使して、などど夢を見ながら日々を重ねています。
そのうち、ひょんなところでお会い出来そうですね。ブログのリンク、ひとくぎりしますね。
本田さんのコラムを見つけて、むさぼりつくように読みました。
本当にいろいろな情報やたくさんの方々の生活ぶりを紹介していただき、勇気と希望をいただきました。
「いつまで生きられるのだろう」という不安がいつも付きまといますが、今は生きている。
がん=死というイメージからどんどん遠ざかりたいと思います。
本田さんのコラムを読むことが出来なくなって少し寂しいですが、いつか再開されることを希望しています。
本当にありがとうございました。
数年前に粘液性乳癌で左乳房を全摘しました。幼い子供がいたので、迷うことなく手術を決めました。
リンパ節にも転移があり、薬漬け?の日々でした。副作用もあり手術前よりつらいのは何故?という思いばかり。
今様々な治療法があり、温存する事もできるようですね。これから医学の進歩と共に治療法も変化していく事でしょう。喜ばしい事なのに、ちょっと複雑な思いです。「おっぱいのないお母さんなんていやだ」と子供に泣かれた日。「あなたとずっと一緒にいたいから病気になった所、切っちゃった」と言うと泣きながら「生きててくれてありがとう」。
乳癌になるのがもう少し遅ければ温存できたのかも・・・ 温存できる人はずるいな?うらやましいな、等とくだらない事を考えてしまうのです。
コラム、ずっと読ませていただきました。読売新聞に連載しているころから必ず読んでいました。
また、元気なコラム、お待ちしています。
でも他にもたくさんお仕事されてますもんね。がん診療連携協議会やたくさんのお仕事を持たれていて、このブログを書くのは大変だったと思います。
でもこのブログでは、本田さんの考えがすごくよくわかって、楽しみにしていました。僕自身もすごく勉強になりました。
最終的には死があって、どうとらえて、どう納得して生活し、仕事をしていくのか。生きていく限り考え続けていかなければならないテーマだと思います。今回のこのブログでまた少しわかったような気がします。
第1回の本田さんの講演会、第2回が垣添先生、明日のタウンミーティングは天野さんです。僕たちのNPOも成長していきます。また和歌山にも講演や取材に来てくださいね。
ご活躍を期待しています。
谷野 裕一
公立那賀病院 乳腺外科 科長
http://www.breastlife.com/
いきいき和歌山がんサポート 理事長
http://ikiiki-wcs.fz-web.com/
ブログの連載本当にお疲れさまでした。医療に関する取材報告や問題提起、そして本田さん自身の病気に対する思い・・・等々充実した内容でした。
読みながら共感したり、勇気をもらったりしましたよ。ありがとうございます。
読売新聞は医療関連の記事が充実しているので読み続けています。本田さんが記事を書いている間は他紙に浮気しませんよ。このブログも連載終了後も読み返すかもしれませんから削除しないで残しておいてくださいね。
では今後のますますのご活躍をお祈りしています(でも無理はし過ぎないで、たまにはゆっくり温泉にでも・・・)。新聞紙面の記事を楽しみにしています。
えーっ、楽しみにしていたのに、終わりですか・・・!とても残念です!! ほかの多くの読者もそうではないでしょうか。とはいえ、1年間の長きにわたり、病気や仕事の過密スケジュールをおしてのブログ連載お疲れ様でした。また、取材に基づく様々な情報のご提供ありがとうございました。
本田さんのブログは、通常よくある、ちょっとした思いつきや感想の交換のような単文の応酬ではなく、紙面と同様本格的な内容に、紙面には出しにくい個人の思いをプラスする独特のスタイルでしたから、これでずっと連載を続けるとすると紙面とネットの二重に仕事をしているような感じになるよなぁ~、病気の事もあるし大丈夫かなぁ~、と心配していました。そういう意味では、残念と思いつつも、1年間という区切りのよい時期に一つの仕事をまとめられてよかったなぁ、とも思います。
最終回の今回は、お互い支え合って、という話ですが、高齢化が進んでくると何らかの障害や病気を抱えて生きる人の割合も高まるわけですから、ガンに限らず又老若男女をとわず無関係ではいられないですよね。一人一人そういう心構えをもって、状況に応じて柔軟にみんなの持ち味を生かせる社会になるといいですね。難しいことですけれど、一歩一歩の努力が大事なんでしょうね。
本紙の方で、引き続き密度の濃い記事を読ませていただける(というお約束!?)に期待して、本田記者の今後にエールを送ります。病気に負けないで、今後も引き続きご活躍を!!
「希望」と「覚悟」という言葉に、とても共感しました。
がん患者になって最初の頃は、テレビで「がん」という言葉を聞くたびに耳をふさいでしまいたくなったり、ドラマで登場人物を不幸な設定にしたいときは簡単にがんにしてしまったり(本当に、自分ががんになるまでは何とも思っていなかったのですが、かなり安易に「がん」という設定を使いますよね。大抵末期で発見されて、しかも余命がわずか、というワンパターンさ)しましたが、患者になって数年たった今は、自分ががん患者だということにある程度慣れてしまったといえるのかな、と思います。
何でもない瞬間に突然「再発するかもしれない」とか「あとどれくらい生きられるか、わからない」という考えが頭をよぎり、恐怖することももちろんあります。けれどもその一方で「覚悟しながら生きる」という状態に心と体が適応し始めているようにも感じます。
先日も、娘の誕生日パーティの準備をしながら「いつもの年よりも張り切って準備をしている自分」に気がつき、「もしかしてこれは、無意識に『来年はこんなふうに祝ってやれないかもしれない』と思っているせいだろうか?」と考えたりしました。
「一日一日大切に生きよう」と思える日や、「もうどうなってしまってもいい」と投げやりに思ってしまう日もあります。「希望」と「覚悟」「恐怖」の間でぶんぶん揺れる振り子のようです。でも、振り子は最近は「覚悟」の側に振れる方が多くなっている気がします。
取りとめのないことばかりで、すみません。
本田さん、一年間ブログの更新お疲れさまでした。がん治療の海外事情についての取材、海外に在住する者として期待しています。(ネット上で読めるのでしょうか?)どうぞお体を大切にしながらご活躍くださいね。本田さんの書くものは、本田さんにしか書けないのですから…。
ありがとうございました!
私はほんとに本田さんに勇気をもらいました。
我が家はずっと読売新聞です。
ご活躍を紙面でも探します。
これからも、たくさん病気に立ち向かう勇気を発信してください!