がんと私 本田麻由美記者ブログ

2010年11月1日

夏油温泉にて (3)

 
“おかみ見習い”として元気に働く下瀬川さん

 北上市内に住む下瀬川典子さん(50)が乳がんと診断されたのは2002年1月。病期はすでに、背骨や骨盤、大腿骨、腕の骨などにも転移した「ステージⅣ」に進んでいた。

 実は、その数年前の30代半ばから「しこり」を感じていたと彼女は言う。けれど、夫の会社の経営難もあり、パート仕事で忙しく、「私が入院したら家はどうなるの?中学生の息子の面倒は誰がみるの?」との思いから、腰にしぶとい痛みを感じ続けてはいたが、あえて考えないことにしていた。それでもやっと病院に行ったのは、足腰の痛みがひどくなって歩けなくなったからだ。

 すぐ入院となり、全身の検査中にがんの転移でもろくなっていた腰骨を骨折。絶対安静を言い渡され、排泄さえベッド上でという寝たきりの状態になった。手術も腰にコルセットをした状態で。抗がん剤治療、放射線治療を終えて3か月間の入院生活から退院する際には、右脚全体を固定する装具をつけ、車イスで自宅に戻った。

 そんな厳しい状況の時、一体何を思っていたのか――。

 「夫は言われていたのかもしれないけれど、私自身は『乳がん』だとはっきり聞いた覚えもないんです。入院して検査を受け、手術の3日ほど前に手術方法やその後の抗がん剤治療、副作用のことなどの説明を受けた際に『がんなんだ』と思ったくらい」「がんの知識がなかったので、転移とかⅣ期とか言われても正直、分からなかった。なので、“悲壮感でいっぱい”という感じではなかったです。それに、性格的にいろんなことを心配しないように、ハラくくるのが早い方なんで……」――と言う。

 私には意外とも感じられる答えにも思ったが、あまりのことに思考が停止していたのだと考えれば、分かるような気もする。

 ただ、その後は、これからのことを思い精神的に追い詰められることもあった。

 乳がんのホルモン剤を服用しながら自宅療養を続ける日々。家で1人、ずっとベッドに寝ていた時、胸の上を真っ黒いコールタールがのしかかってくる感じがしていた。どこからも、何からも、逃げられない。そんな息が詰まるような状況に、「死にたい」と何度も思ったという。

 だが、そんな時、元来の前向きで竹を割ったようなサッパリした性格が顔をのぞかせた。「……でも、どのみち死ぬんだったら、それまで努力してみようかな……。車イスだって片手が動かなくたって、働いている人はいるんだから」――と。

 私が彼女に魅かれるのは、こんなところなんだと思う。

 一つの転機を迎えたのは、自宅療養を初めて半年たった2002年10月のこと。治療効果をみるために受けていた検査の結果を医師に説明してもらう際、レントゲン写真を見せてもらったところ、がんの転移で骨が溶けて黒く映っていた部分が白く変化していた。

 「先生、これって良くなっているんですよね?悪いところが、くっついてきたっていうことですよね!?」

 この時は、そう聞くと同時に、とめどなく涙が流れだしました。とにかく嬉しくて、張り詰めていた気持ちが決壊したという感じでした――と、下瀬川さんは振り返る。

 さらに、これをきっかけに、彼女の「歩けないはずがない」という気持ちに火がついた。(次回に続く)

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