日野原重明の100歳からの人生
2010年11月2日
プロフィール 
聖路加国際病院理事長。1911年10月4日生まれ。山口県出身。42年、京都帝国大学大学院卒業。
ターミナル・ケア(末期医療・介護)の充実、「患者参加の医療」を提唱する一方で、医師・看護婦の育成、予防医学や健康教育の普及など、現代医療の改善に向けて尽力を続ける。「成人病」にかわる「生活習慣病」という新語の提案者でもある。
54年には、民間病院として初めて聖路加国際病院に人間ドックを開設し、全国への普及を進めた。94年、日本で初めての独立型ホスピスを開設。2000年、75歳以上の元気な老人のために「新老人運動」を提唱し、高齢化社会にあって注目を集める。その一方で、ベストセラー絵本「葉っぱのフレディ」を音楽劇にするなどの活動も行う。05年に、文化勲章を受章。07年からは、日本ユニセフ協会大使も務める。
趣味は音楽、読書。座右銘は「平静の心」。
著書は、「生活習慣病がわかる本」(ごま書房)「〈ケア〉の新しい考えと展開」(春秋社)「『フレディ』から学んだこと」(童話屋)「生きかた上手」(ユーリーグ)など、多数。
■ 勤務先の聖路加国際病院のホームページはこちら。
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- プロフィール
- 日野原重明(ひのはら・しげあき)
- 誕生日:
- 1911年10月4日
- 聖路加国際病院理事長
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コメント
我が社の壁に、先生のお言葉が貼ってあります。毎日々見ているうちに、人の接し方、人の育成の仕方に答えが出て来ました。自分に持っている有形無形の財産を与え、でも最後は心なんだと・・・
最近、癌で親しい友人を亡くしましたが、人生をどう生きる化と言う事に悩んでいましたが、ひと筋の光を見た気がしました。周りのご縁ある人々に心を添えながら、精一杯生きて行こうと考えるようになりました。生きたくても生きられなかった友人の為にも・・・・・
わたしは、今、小学6年生ですが、日野原先生を知ったのは、最近のことです。国語の授業で、今、日野原先生の命の授業や「君へ」について勉強しています。先生が日野原先生のことを話してくれたとき、私は、日野原先生はすごいと思いました。まだ私の生きていなかった頃のことですが、「地下鉄サリン事件」で多くの人が亡くなりけがをしたとき、日野原先生は、けがをした人をすべてご自分の病院に入れ診察をしたそうです。日野原先生は、「君へ」という文にこう書いています。「いま生きている時間は命の時間です。その命の時間を自分のためでなく、ほかの人のためにも使ってください。」日野原先生が行った「地下鉄サリン事件」で怪我した人への対応は、まさにそのとおりだとおもいます。
高校生のときにマザーテレサの本に触れ、彼女の献身的な姿に感動して国際協力がしたいと英文科を専攻しました。その後、ドイツ留学中にクリスチャンとなり、人の役にたてる仕事がしたいと以前より心にあった看護師の道を目指すべく、帰国後36歳にして看護大に入りなおし、40歳にして念願の看護師となりました。看護時代に日野原先生の著書を多く拝読し、いずれはホスピスにすすみたいと願っておりましたが、現実はなかなか厳しく、病棟勤務1年にして退職、開業医の先生のもと、看護師を続けておりました。
3年前に念願かない、再度ドイツの地をふむことができ、現在はデュッセルドルフで事務の仕事についておりますが、いずれまたこちらで看護師として勤務したいと思っております。ホスピスで働く希望もまだすてておらず、こちらで看護師資格が認められたら少しずつ、ボランティアとしてホスピスのほうにも関わらせていただくことが夢です。
初心を忘れず、患者さんたちから頂いた多くの支えや励ましの言葉を大切にして、これから頑張って生きたいと願っております。
先生のお働きの上に神様の祝福と恵みがあることを、またいつまでもお元気な姿を拝見できることをドイツよりお祈りしております。
はじめまして。私は 明日100歳になります祖父を持つ弘子と申します。
先生のご活躍ぶり テレビや本で拝見し、いつも祖父に 先生のように元気でいてほしい、と願っています。。
その祖父も 明日でいよいよ100歳。祖父は医者ではありませんが 京都帝国大学で先生と同じ時期を過ごしているようです。90歳を越えてから携帯電話を持ち、まだまだ見たいものいっぱいと目の手術も行い、気分は20代といつも朗らかで 頭も良く好奇心旺盛な100歳です。明日、お花を持って(おじさん宅にいますので)会いにいってきます。先生のご活躍がこれからも祖父の生きがいになることでしょう。。
どうぞお元気でますますのご活躍とご健康をお祈りします。読んでくださり有難うございました。
先日、先生が執筆された「10歳の君へ~95歳の私から~」を拝見させていただく機会がありました。
私はもう18になるのですが、先生の本を読むことのできる機会に出会えて本当に幸せです。
戦争をなくすために「相手を許す」ということがとても心に残りました。頭でわかっていたとしても、実現することは容易なことではないと思いますが、先生が
私達後世に託した平和への願いを実現する努力をしていきたいと思います。
最後になりますが100歳本当におめでとうございます。
夫が86歳になり通院しています。(事故に遭遇)。
主治医の先生に。日野原先生の長生きのお話をしましたら・・日野原先生は優れた遺伝子が有効に働いているからですよ・・とのお話でした。又、テレビで”レシチン”を牛乳に入れて飲んでおられましたね。早々に私共も愛用しています。
日野原先生を見て思うに、老も気の持ち方次第ですね。
生きるところまで生きて下さい。
日野原先生、百歳のお誕生日おめでとうございます!
10月に大田区民ホールで行われた講演会にて日野原先生のお話を初めて拝聴させていただきました。私は来年50歳になりますが、百歳になられた日野原先生が、びっくりする位お元気で2時間近くお話されているお姿を拝見し、
【私もあと50年以上あるんだ!】という根拠にない自信と元気が湧いてまいりました!本当にありがとうございました。スタッフの方に、日野原先生に差し上げてください。と僭越ながらお誕生日プレゼントをお渡ししました。お手元に届いておりますでしょうか?たまたま日野原先生と同じ町に住んでおります。もし町で偶然お会いした際はご挨拶させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
今後も日野原先生を目標に頑張ってまいります。先生のこれからのご活躍と世界平和を心から祈念しております。本当にありがとうございました。
保険関係の仕事を通じて日野原先生のことを詳しく知りました。
先生がご尽力された「ドクターオブドクターズ」のネットワークは素晴らしいと思います。
先日のNHKスペシャルも見せていただき、先生の持つパワーとバイタリティに圧倒されました。
私も30代で、正直「負けそう」と思うこともある日野原先生の元気ですが、現在の仕事を通じ、片隅ではあっても先生と仕事を共有していると感じることに誇りを感じています。
先生を尊敬しています!
100歳を迎えられ、ますますお元気で色々な方の希望の光でいて欲しいと願っています。
日野原先生100歳を迎えられおめでとうございます。私の父は昨年の春より老衰の為入院加療をしておりましたが、先日96歳の生涯を閉じました。
入院中は兄弟仲良く4人で食事の世話や介護援助に明け暮れました。
ある日、もっぱらラジオで番組を聴いていたという父が「聖路加国際病院の日野原先生が白寿でも今なお現役で医療活動しており、元気に階段を歩いておる」と告げました。この時までPCーヨミドクを開いて見なかった私ですが早速先生のコラムを連続印刷にかけ父に読み聞かせました。
父は学徒出兵、大東亜戦争に明け暮れ生還した身で風邪一つひかない鉄人のような持ち主でしたが、父は日野原先生の何年も先の予約日記等々その生き様に大いに共鳴を感じておりました。
もちろん父の100歳まで生き抜こうとする目標(趣味のカメラと絵画)は入院中も消えませんでした。先生と同様の目標(生きがいと長寿)には至りませんでしたが、父はいつも先生のコラムを楽しみに過ごしました。本当に感謝しております。
百歳のお誕生日おめでとうございます。
日野原先生のご活躍の様子などネットの記事や雑誌、書籍などを通して知り、日常のご経験を通してのさまざまなメッセージには暖かさや優しさが感じられ、不思議な説得力がありますね。いつも興味深く読ませて頂いております。偶々、今日がなんとおめでたい百歳のお誕生日と言う日に先生のTLCに関する記事を目にして、どうしても一言お祝いの言葉をお送りしたいと思いつきました。
百年の人生の中では沢山の幸せな経験と同時に沢山の悲しい経験をされたことでしょう。私も百歳とまでは行かなくても高齢になり、なおも知人、隣人に思いやりと優しさをもってお付き合い出来る者でありたいと切に願っております。海外に住んで40年近くの月日が経ちましたが、健康で幸せに過ごせている事に感謝する日々です。
先生、これからも充分にご自愛の上、たくさんのすばらしいメッセージを私共後輩に送り続けて下さることを心待ちにしております。
人生の大先輩
日野原 重明様
満100歳のお誕生日を心からお慶び申し上げます。
超人的な現役医師として社会貢献されるお姿に深く感銘を覚える次第です。偉大な社会貢献活動家として尊敬の念に堪えません。どんなに多くの患者が精神的に救われたことでしょう。医学界のみんさんも相当影響を受けられていると存じます。
残念ながらまだまだ現代医学で解決できない領域が多々あり、精神的ケアの在り方が問われています。
ご指摘の緩和ケアなどごく一部の恵まれた患者さんが利用する程度。一般の方は経済的負担などあって利用できない現実もある。病床数も僅かで制約もある。
最期を迎える個々の在り方を少しでも緩和できる医療体制を切望する次第です。
小生の亡き父が1910年8月生まれ、日野原先生の話題になると父を思い出す。有難うございます。
御身体、更なるご自愛、ご活躍をお祈り申し上げます。
宮崎県 都城市在住 山田 洋一
5月5日(木)南三陸消防署に勤務中、聖路加国際病院の日野原先生の姿を(第一タクシー)後部座席に確認し、ベイサイドアリーナを立ち去るときでした。
勤務中にも関わらず、妻に、日野原先生がベイサイドアリーナを慰問し、帰路についたとメールをしました。
妻はあら残念とがっかりしていました。
昼食後、先ほど帰路についたと思った、第一タクシーがベイサイド駐車場にいるのを確認しました。
タクシーの周りには若い人たちが数人いてカメラ・音声さんがいて放送局の取材と思いました。
歩き始め、私の居るところの方にに近づいてきました、そこで私は、日野原先生と確認し、とっさにご苦労様ですと挨拶をしました。
屋外階段を登り切り立ち止まったところで、近くにいた人が、日野原先生姿を写真に収めているのを見て、私は、仕事を忘れて妻(養護教諭)が尊敬する、日野原先生の姿を写真に収めようと写メしようと近づきました、すると放送局の女性の方がご一緒にどうぞと声をかけてくださいました、恐れ多くてと思いましたが先生は、一緒にと声をかけていただきました、見ず知らずの私と2ショット夢のようでした。
もう一つ、妻は日野原先生の書籍を愛読しています。
声だけでも聞かせたく、恥を忍んで、妻の携帯電話に電話し、日野原先生の声を聞かせようとしました。
先生は、優しく妻との会話をしていただきました。
私の勤務する、南三陸消防署は津波震災に遭い、壊滅状態で職員も10名が帰らぬ人になりました。
震災当初から、緊急援助隊の支援を受け、ベイサイドに拠点を間借りし、南三陸町の住民の救助・救急搬送等に全力で対処しています。
今後も、復興に向けて町民と共に団結し、以前の南三陸町に戻す努力をします。
今後とも、御支援をよろしくお願いいたします。
又、いつの日か夫婦で、お会いしたいです。
いろいろな、ご無礼をお許しください。
日野原先生の著作を何時も喜んで読ませて戴いています。先生の宝物、習慣1~15をデスクの前に張り出して目標にしています。
先生の親身な医療に対する愛情が多くの読者に力を与えて下さっていると思います。大震災に対して医師の行動力、見識、具体的な医薬品の供給活動。ご自身の病院での受け入れ態勢つくりなど、ご経験が物を言う現実的な行動力になんとも言いようのない崇高な愛を感じます。
習慣1、の愛する事を心の習慣とする。とあります。聖書のみ言葉から来る限りない神の力を感じます。私も80歳になり、モーセの荒野の旅立ちが80歳で有ることを思いながら励まされています。先生の力強い医療、診療、心の傷みなど多岐に亘る啓発講演などのご奉仕、この力の源泉は神の愛を実践する者に与えられた神の恵みであると思います。モーセの120歳を目標に益々ご活躍され、私たちに神の力の素晴らしさを世に伝えてくださるようにと心からお祈りいたします。毎日聖書を読み通読の日課に挑戦しています。先生の著書はほぼ読ませていただいていますが、これからもご多忙の中ですが愛読者に喜びを与えてください。先生のご健勝を主にお祈りしています。
元気者だった兄が最近はすっかり体調を崩し心配して居ました所、昨日 今日と先生の講演会へと聞きまして
「ああぁ 兄はこれで大丈夫救われる」と確信に似た気持ちです。100歳に成らる先生どうぞ兄をお助け下さいと
祈る気持ちで沖縄からコメントさせていただきました。
なんてあいさつをすると、いかにも知り合いかのようですが講演を拝聴させていただいたり、本を読ませていただいている一ファンです。
今回の東日本大震災の事について、先生がいてもたってもいられなかったのではないかと思っていました。
YORIMOのPR紙で先生のブロゴがスタートしていることを知りました。
タイトルの意気込みに直ぐ「お気に入り」に入れました。
先生のご活躍は国内外をとわず、著書・その他の活動を通し存じていますがブログUPは楽しみです。
いいお話を何度でも繰り返し読むことが出来る。ブログの良さですね。
私は准看護師なって2年目のナースです。
今回、日野原先生のブログがスタートしたこと、とても嬉しいです。
先生の言葉から多くの人が、力をもらったり、時には襟を正してもらったり、生きることにおいて道しるべを示してもらっていると思います。
私も新人とはいえ患者様の命に携わるものとして、日々の勉強と自分自身の健康を、しっかり行ってゆきたいと思います。
私は団塊世代の一人です。
妻と二人で生活を満喫している現状に、ただ感謝仕切りの毎日です。
趣味は健康と時間を生かしてパソコン。
パソコンではほとんど毎日インターネットサーフィンで新鮮な情報に大満足しています。
ブログも今年で2年目になりますが、日々の経験を日記風に綴って楽しんでおります。
同時にパソコンからiTunesを起動してABC JAZZを聴きながら、心がなめらかになってゆくのが分かります。
こんな私が5年前に勤務先で脳出血で倒れ、奇跡的に助けられたことは自分自身でも、ほんとにそんなことがあったのかと言いたくなるくらいの気持ちです。手術をしてくださった主治医の先生にはただただ感謝あるのみですが、家族の力にも支えられました。我がままで利己的であった私の生き方がその手術後は180度変わりました。
そして今、心の底から、思えます。
生かされて生きているということを。