がんと私 本田麻由美記者ブログ

2010年9月29日

正しい治療ってなに? (下)

 「再発巣の生検や切除は有用か?」――。

 この問いに対し、横浜労災病院腫瘍内科部長の有岡仁医師が講演の中で、今春の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表された米国グループの研究報告を紹介してくれました。

 それによると、再発した乳がん患者の転移病巣を手術等で摘出して調べたところ、約4割(38.8%)の人で、ホルモン感受性などの特徴が原発巣(最初に見つかった乳がん)と異なっていました。具体的には、エストロゲン受容体(ER)が不一致だったのが12.6%、プロゲステロン受容体(PgR)不一致が34.1%、HER2の不一致が5.4%でした(複数の受容体で不一致だった人もいるため、合計が38.8%にはなりません)。

 これは一体どういう意味か?

 研究報告をより詳細にみると、例えば、原発巣でER陰性だった人のうち14.0%の人が再発巣で陽性でした。これは、初めは「ホルモン治療の効果が期待できない」とみられていたが、再発巣では「ホルモン治療の効果が期待できる」ように特徴が変わったということになります。別の例をみると、原発巣ではHER2陽性だった人のうち12.5%が再発巣で陰性でした。これは、分子標的治療薬と呼ばれる新しいタイプの抗がん剤「ハーセプチン」の効果が期待できるタイプだったけれど、再発巣ではそうではなくなった可能性があるということになります。

 ただし、(1)原発組織と再発組織では診断した施設が異なるため、診断の質の差があること(2)再発巣の特徴が変わったことを受けて治療法を変えることで、効果が本当に高まるのか――など、今後の検討課題はあるそうです。が、「すでに無効となっている治療を行わない、逆に治療法の選択肢が増えるなどのメリットが期待できる可能性はある」と、有岡医師は説明してくれました。

 とすると、私の場合、もうすぐ行う検査でも同じような灰色の結果が出たら、手術で摘出して調べることは、(1)がんの転移か炎症かを判別する(2)(がんの転移だった場合は)受容体等の特徴が原発と異なっていないか確認して治療の選択を考える材料にする――ことにつながり、意味があると言えるのではないでしょうか。

 確かに、手術となると「おおごと」だし、体内の脂肪層に埋もれた問題のリンパ節がきちんと摘出できるかという難問もあります。しかし、このまま経過観察をしているのが耐えられない私は、主治医とあれやこれや話し合い、次の検査結果次第で「手術」を検討するということで合意し、納得しているところです(摘出することで全身転移を抑えられればとの期待の方は、意味がないかもしれませんが)。

 それにしても、「正しい治療」って何なんでしょうか?

 こうした手術をも辞さない考えを知人に話すと、「そこまでするかなぁ?」「経過観察しているうちに、いずれ(転移だったら広がるから)分かるよ」との反応が返ってくる場合もありました。そんな時、私は考えすぎ、やりすぎなんだろうかと不安になったりもしました。

 これに対しても、今夏のかながわ乳がん市民フォーラムの議論が、私に一つの考え方を提示してくれました。

  図1
 
 
  図2

 会場では、図1のような50歳女性を例にして、自分だったら治療の選択をどうするかが話し合われました。この例の場合、腫瘍径3センチでリンパ節転移が1つあるので抗がん剤治療の対象とも言えますが、ホルモン治療の効果も期待できるタイプです。また、アジュバント・オンライン(Adjuvant Online)という米国の術後治療効果の予測システムでは、図2のように、

 ・術後無治療の場合の10年生存率は65%

 ・ホルモン療法だけだと65+9=74%

 ・ホルモン療法と化学療療(抗がん剤治療)を併用すると65+15=80%

 (棒グラフの黄緑は10年して生存している割合、黄色は治療で伸びる生存割合、赤は乳がん死の割合、青は乳がん以外による死亡の割合)

 と予想されました。つまり、化学療法を追加して得られる生存率向上の恩恵は6%程度だと考えられる時、あなたは抗がん剤治療も加えますか?という議論です。

 これに対し、会場の約600人に手を挙げてもらったところ、「無治療」は1人、「ホルモン療法のみ」は半分弱、「化学療法のみ」は0人、「化学療法と併用」が残りの半分強という結果でした。

 「ホルモン療法のみ」とした患者さんには、「がんになった以上、今の生活や仕事を一番大切に考えたい。6%の差が10%以上あれば抗がん剤もやると思う」という意見がありました。一方、「併用する」を選択した患者さんは「私は不安感の強いタイプで、少しでも確率が減るなら抗がん剤もやりたい。1%の差でもやると思う」との声もありました。

 私は「併用する」を迷うことなく選びましたが、実は、この例の場合はどちらを選んでも間違いじゃないそうです。そこで大事になってくるのが、患者本人の価値観、その人が何を大事にしたいのかということになるのでしょう。

 
  図3

 このフォーラムの事前アンケートでも、「『正しい治療』とは何か」との問いに対し、図3のように「もっとも効果が高い治療」が42%、「自分の価値観で選び、満足できる治療」が37%と拮抗しました。医師と看護師にも同じ問いを聞いたところ、「患者自身の価値観で選び、満足できる治療」が半数を超えました。

 ただし、それは「現時点の研究などから治療効果がどう期待できるのか?」「治療の副作用は何がどの程度あり、対処できるのか?」「治療費はどれくらいかかるのか、治療費のサポート等はあるのか」などについて、正しい情報が得られている場合のことだと、会場の医師や看護師、薬剤師らから指摘がありました。

 確かに、患者本人の価値観を大事にして治療選択をしていくという考え方が広がることは、患者として有り難いことだけれど、その選択が誤った情報や誤解に基づいていては意味がないですよね。

 私の乳がんが再発しているのかどうか、今度の検査結果で判明するかどうかも分かりません。しかし、自分の考えや価値観に自信と責任をもって今後の治療選択をしなきゃと思うと同時に、それが正しい情報に基づいているのか、情報を誤解していないか、主治医や医療スタッフの皆さんともう一度話し合って確認しなきゃ!と、このフォーラムの議論から改めて痛感しました。

コメント

読み応えがありました!
[Nao]2010年10月14日

いつも興味深くブログを読ませていただいています。いずれの回も読み応えがあるのですが、特にこの8月9月は「ドラッグラグ」、「正しい治療」といった重要な問題について、それぞれ3回分の連載お疲れ様でした!いつもながら、とてもわかりやすく問題点や論点が整理されていて、さらに決して客観的に突き放した評論とか論文ではなく、患者目線で気持ちがこもっているのが一般報道と違って親しみやすく感じる理由でしょうか。とても勉強になりました。

随分前の話題で恐縮ですが、6月の卵巣破裂(?)事件は大変お気の毒でした。遅まきながらお見舞い申し上げます。それ自体はたいしたことなくて良かったです。とてもライブな臨場感溢れる展開で、ついでにお話しに色々なオチもついていて、「それでそれで?」みたいな野次馬根性で読み切ってしまいました。すみません。ご自分自身の病気や内面の葛藤をさらけだしつつ、医療と患者のあり方を問うこのブログのスタイルは、既に一つの「芸風」に達しているかと思います。本紙面では出てきにくいであろう記者の本音や感情に読者は共感しますよね。いろいろな点でブログならではの良さが出ていますね。

・・・こんな風に入れ込んで読んでしまうのは、一つには私の恋人もがん患者だからかもしれません。再発や再検査の不安、精神的に追い詰められたりっていうのは、本人だけじゃなくパートナーにとっても同様ですよね。こういうとき、パートナーとか家族はどうあるべきなんでしょう?励ましの言葉だけじゃ上っ滑りな気がするし、じっと見守るだけじゃ不十分じゃないかと不安になったり。もちろん、人によってそれぞれなのかもしれませんから、がんとかに関係なく、コミュニケーションが大事なんでしょうね。相手のことを普通に思いやって、大切に見守っていきたいと思います。本田さんも病気に負けないで、ますますご活躍おいのりしています!

報告ありがとうございます
[ダイエット中]2010年10月2日

更新がないのをちょっぴり不安に思っていました。ここを覗かなかった時期に更新されていたようでホッとしています。

本田さんのお名前を拝見するたびに、ああ忙しくされているのだなと思っていました。今日(2日)も青森ですよね。一緒に講演される方の掲示板で私もお世話になっています。14年も乳がん掲示板を続けてこられれいる方なのできっと本田さんのお話とあわせ、患者目線の中身の濃い講演会になるのだろうなと思っています。

市民フォーラムは実は受付番号1番で申し込みをしていたのですが、その後に仕事が決まり、土曜は出勤日となってしまったので参加できずとても残念でした。

原発巣と再発巣の病理が違うということは今とても話題になっていますよね。それによって治療は変わってくるし選択肢が増えることにもなります。なので私は検査をしたいという本田さんの気持ちに賛成です。患者としては少しでも有効な手立てをとりたいと思います。

問題になっている問いかけには私も迷うことなく「併用する」ですが「ホルモンのみ」でも間違いではないのですよね。患者が自分で満足できればよいのですが、確かにそのための正しい情報が必要だと思います。その正しい情報がまだ患者には届いていないのではないでしょうか。

患者もただ治療を受けるのではなく、正しい知識が必要です。でもごく一般的な患者はそこまでの意識もないし気付いても手だてがわからない。だからこそ病院での正しい情報提供や気持ちのサポートが重要になると思います。

本田さん、患者代表として表だって活動されることは本当に厳しいことだと思います。どうぞまずご自分の体を第一に考えて仕事も時にはセーブして進んでくださいね。
きちんとした発信ができる方だからこそ引っ張りだこであるし、患者からみても憧れですが、どうぞお体大切に。

学ばされます!
[シャローム]2010年9月30日

がん患者会シャローム代表です。

ずっと更新のないのが気になっていました。
あったかと思ったら、ドカンと有用な情報を提供して頂きました。
ありがとうございました。

私たちも秋の講演会に向けて、日夜集客に奔走しています。
この片田舎での講演会は、集客が至難の業。

お祭りや遊びには時間もお金も惜しまないのに、講演会には足が遠い。

それでも、在宅緩和ケアまっぷ
~我が家へ帰りたいと願うあなたへ~
という一年半かけて作成した冊子を一人でも多くの方の手に・・・と頑張っています。

講演会は、パフォーマンスではなく、何回もこんな大変な思いをするのはもう、これっきりで止めようと何度も思います。

でも、悲惨ながん医療の地域格差を目の当たりにすると、どうしても、『みなさん。自分の命をもっと勉強して守りましょうよ。』というお節介をしたくなる。

難儀な性格です。

なにはともあれ、転移ではありませんように。
更新に感謝して。

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