がんと私 本田麻由美記者ブログ
2010年8月13日
うつと音楽とドラッグ・ラグ (下)

このテーマとの出合いは2001年、スタートしたばかりの介護保険の取材に追われながらも、公的医療保険がカバーする範囲について取材を進めている時でした。国際的に効果が認められた抗がん剤が日本では未承認のため治療に使えない現状について、がん治療医の訴えをみっちり聞きました。同年2月に「国際標準治療に使われる抗がん剤を認めない国は患者の権利を侵害している」として、弁護士を伴って厚労大臣に「緊急措置請求書」を提出した故・新山義昭氏ら、がん患者さんの声をたくさん取材しました。この取材を通して多くの患者さんと知り合い、2002年に自分が乳がん患者になって以降は、その患者仲間らとともに問題解決を様々な形で訴えてきました。
※当時の記事の一つです。ご参照ください。
2003年7月8日朝刊「患者・記者の視点4 抗がん剤(下)」
そうした活動の中から、薬が承認されても使いこなせる医師や医療スタッフを育成する必要があること、患者のための正しいがん医療に関する情報が提供されていないこと、がん診療を行う病院の連携がないこと、治療だけでなく生活を支えるための緩和医療がなされていないこと――などを知り、学び、より多くの患者さんや医療者が連携して政治や行政に訴え、ついには2006年の「がん対策基本法」成立に至りました。
この間、私は1人の患者として多くの患者さんらと共に歩み、また1人の記者として取材してきました。それが縁で、今も基本法に基づく「がん対策推進協議会」の委員として国の施策に意見する機会をいただいています。そして何より、このテーマと出合い、多くの患者さんや医療関係者と出会い、取材を含めた様々な活動に集中して取り組めたことがあるから、乳がんになってから局所再発も含め3度の手術、放射線治療、抗がん剤治療を乗り切り、何度もの再発疑惑にも耐えてこられたのだと思っています。
こうした私にとっての原点とも言えるドラッグ・ラグの問題だったからこそ、うつ状態から脱却する力をもらえたのかな、なんて感じています。
最近は、ドラッグ・ラグを解消するために「混合診療」を全面的に解禁すればいいとの意見もあります。未承認薬や適応外薬は公的保険が適用されません。その費用だけ自費で払うから使いたいといっても、日本では保険診療と保険外診療を併用すると保険診療部分も保険が適用されなくなる(混合診療の禁止)というルールがあるため、薬代だけでなく他の診療部分も全額自己負担になってしまいます。なので、混合診療をすべてOKにしてしまえば、保険外のものを使いやすくなるからだといいます。
しかし、一部の研究的診療や例外的使用(コンパッショネートユース)での混合診療は認めるべきだとは思いますが、全面解禁では科学的根拠のない治療が横行する恐れがあります。そして何より、最近の新薬は高額なものが多いため、自費の薬代だけで例えば毎月50万円かかるといったことになるので、そんな支払いを続けられる人はそう多くない(私は無理!)ことから混合診療の全面解禁では問題解決にならないと思います。
結局は、臨床試験が世界と足並みをそろえて、もしくは世界をリードして行われるような体制を整備することと、保険を適用するルールを見直すことが必要です。この問題がなかなか解消されないことについて、私は厚労省だけの責任だとは思っていません。複雑な問題が絡み合っているだけに、政治にも、医療従事者や研究者にも、企業にも、そして国民・患者にもそれぞれの責任があると感じています。
ただ、10年前の新山さんらの訴えを思い出すにつけ、確かにあのころよりはマシになった部分もあるとはいえ、「10年もたったのに、まだ、この有様か……」と思わないではいられないのも事実です。加えて、いつまで同じことを書き続けなければならないのだろう――とも。
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コメント
本田さん、いつも拝見しております
内容ではないのですが、8月から更新がないので体調がお悪いのかと心配しております。
仕事がお忙しいだけなら良いのですが・・・
それはそれで大変でしょうけど
私は4年前に乳がん病期Ⅱaということで、抗がん剤→ 手術→ 放射線治療と進み、抗ホルモン剤服用というコースをたどっておりました。
が、去年の4月の会社の健康診断により白血球減少を指摘され、病院に受診後、あれあれという間に白血病治療がはじまっていました。
私の場合、2次性白血病(乳がんのいずれかの治療の後遺症)なので抗がん剤のみの治療では再発リスクが高いと言われ、去年の11月に非血縁者骨髄移植を行い、それ以降免疫低下による真菌感染で、右足の平目筋を切除、しかし神経にかかる部位の取り残しはあるので、常に爆弾を抱えてると医師より注意され、カビキラーのような強力な薬で治癒を目指していましたが、MRIでもなかなか所見がグレーからは脱出できず、入院あわせて1年3ヶ月の長期にわたる治療を終え、見切り発車ではありますが、会社への復帰もとりあえずしております。
山盛りの薬を服用し、それの副作用で腎機能の低下、むくみ、骨密度の低下、更にはGVHDの影響で肺の水がたまり、なかなか引かないのでこれまた週単位で胸部レントゲンで経過観察中です。
乳がんを発病したときは、本当に目の前が白くなり、やはり死を思い浮かべあれこれ悩んだ日々もありました。が、ここへ来て、更に深刻な病に罹ってしまうと、外科領域である固形がんのなんと優しきと思ってしまいます。
今まさにがん治療の後遺症である2次的病が増えていると聞いております。
どうかそこら辺も調査していただき、予防、治療法等情報を提供していただけたら、と思いメールしました。
本当に血液がんはつらいものがあります・・・
仕事の合間に、時々ではありますが、読ませていただいております。
私も2008年春に乳がんと診断され、温存療法オペ→放射線療法→化学療法のフルコースを受けました。その後は、がん細胞がホルモン療法などの適合ではなかったので、6か月ごとのCT検査、3か月ごとの血液検査を受けています。
昨年は、そのCT検査で肺に影が見つかり、気管支鏡検査まで受けました。
幸い、結核でもがんでもない、ということがわかり、ほっとしたところでしたが、乳がんの転移が肺と骨に多いということを知っていただけに、不安いっぱいでした。
風邪で咳がいつまでも続いたり、腰痛が長く続いたり、リンパ線のあたりが張れたりすると、不安に感じることが多いです。おそらく、乳がんになっていなければ、何も感じないまま時間が流れ、気づいたら消えていた程度のことがほとんどなのでしょうけど・・・ね。
気にしたところで、再発する時はする。いや、不安になりすぎたら、NK細胞が減って免疫力が下がるかもしれない。
時にはがんばることも大事だけど、過ぎないことも自分にはもっと大事。そんなことを思いながら、日々を今、過ごしています。
しばらく更新がなかったので、心配していました。
乗り越えるのは大変だったと思います。
ドラッグ・ラグの問題は、切実ですよね。
ほんと、日本は後進国です。
抗がん剤で命をつなぐ時期が来た時に、日本でいるために効果があるかもしれない治療がうけられないなんて、くやしくてなりません。
希望する治療を全員が受けられる時が一日も早く来るように、声を上げていかなくては!
でも、本田さん、不安で動けない時はじっとしていていいですよ。
がんばりすぎないで。