医療への道(1)病が近くにあった
故伊丹十三監督の映画「あげまん」の準主役で女優デビューし、テレビキャスターも務めた。
芸能活動を続けながら聖路加看護大学を卒業し、東京大学大学院の医学系研究科に進学。看護師・保健師の資格、さらに保健学で博士号もとった。今、心療内科で研修をしつつ、カウンセラーとしての一歩を踏み出した。女優がなぜ、医療の道に。
「本格的に勉強したい、ずっとそう思っていたんです」
病は近くにあった。母を卵巣がん、父を胃がんで早くに亡くしている。英語の同時通訳や翻訳の仕事をしていた26歳の時、夜は病院で寝起きをして、母の看病をした。
「何かしてあげたくても、ただそばにいることしかできなかった」
高校卒業後は単身で米国に留学した勝ち気な性格だったが、仕事をしていても母を失った悲しみですぐに涙があふれた。ぬれるので髪を短くしたほどだ。その2年後、大企業の関連会社社長を務めていた父が、「家族を頼む」の言葉を残して亡くなった。
残されたのは、筋肉が衰えていく難病を持つ5歳下の妹と年老いた祖母。それに多額の相続税だった。十分にできなかった両親の看護、将来の妹の介護、現在の不安定な仕事……。
「医療の道」を思った。
(2010年2月4日 読売新聞)
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